第25話 これって偶然? あの後ろ姿は間條さん!?
外から扉が閉じられ、ロックされる。
「それでは、いってらっしゃいませー」
受付のスタッフさんに笑顔で見送られ、俺たち3人を載せた黄色い箱が動き始めた。
「お、おお。思ったより揺れるな」
「わくわく、わくわく」
「そわそわ、そわそわ」
狭いシートに並んで座る、コクリちゃんとミドリちゃん。
二人に向き合い進行方向に背中を預ける俺は、うなじにチリリと感じた熱に振り返った。
「「「おおー」」」
今日が晴れててよかった。
正面に見える秋空は、遠く向こうまで、どこまでも青い。
「うわぁぁぁぁ!!」
「あえて箱の中から見る景色、絶景」
「どあっ、暴れたら危ないぞって!! 揺れる揺れる!」
さっそく席を立って前方窓に貼りつく二人に踏み台にされながら。
モノレール乗り場を脱した箱……俺たちの空飛ぶワゴンの旅が始まった。
※ ※ ※
「見えてきました」
「ゾウだ!」
青い鉄骨の道を
そんな俺たちを最初に出迎えたのは、これに乗るために急ぎスルーしたゾウフロアだった。
「ほらほらゆう兄見て見て!」
「見えてる、見えてるから」
ハイテンションでアピールするコクリちゃんは今、俺の左膝の上に乗っている。
体がべったりくっつくのもお構いなし、止まることのないワゴンが見せる景色を一瞬たりとも見逃すまいと、とにかくアピールが激しい。
「遠ざかっていく景色もまた、一興」
右膝の上にはミドリちゃんが、キッチリとした姿勢でお座りしている。
こちらも俺にぴったり背中を預けながら、遠ざかる風景を楽しんでいた。
「うおっとと、二人とも、ちょっと落ち着こう。割と揺れる」
押さえこまれた格好の俺は、彼女たちが騒ぐたびに揺れるワゴンの振動をフルで感じてドッキドキだ。
さすがは俺が子供のころから存在するワゴン、年代物である。
「ほら、二人とも落ち着いてくれ」
「わっ」「ひゃっ」
左手にゾウが鼻を振っているのを見ながら、俺は二人の腰を抱いて引き寄せる。
ガッチリ固定することで姿勢が安定し、揺れも穏やかになった。
「えへへ、ごめんなさーい」
「男の人のたくましい腕の感触。これが、物扱い……!」
「ほら、キリン見えてきたぞー」
ゾウフロアを抜け、キリンフロアに戻ってきた。
ただし今度はキリンを見上げるのではなく、見下ろすロケーションである。
って。
「うわ、ほっそ」
マジで細い。マジで細いな!?
あんなにデカいのに横幅お馬さんくらいしかないぞ。
「キリンはスリム」
「でもでも、キリンの筋肉はバッキバキなんだよ」
「あ、首の上げ下げするもんな」
「そうそれ!」
実際見て気づくことって、結構あるなぁ。
写真じゃ見栄えのいい横から見た全身図や顔の画ばっかりだから、キリンを頭のてっぺんから覗きこむのって新鮮だ。
「あっ、ゆう兄笑ってる」
「あ?」
指摘されて初めて、俺は自然と笑顔になっていたのに気がついた。
「よかったー、楽しんでくれてるね!」
そう言って天使みたいに笑うコクリちゃんからは、太陽みたいな香りがした。
※ ※ ※
そのあとも、これまで辿ったルートを空から見下ろす旅路にわいわい騒ぎ、楽しんで。
「あ、オタリアだって! まだ見てないよね」
「そっちのルートは通ってない。わたしも見る」
ルートを外れ、新しい動物たちを眼下に捉えるようになったころ。
「……え?」
俺は、運命と再会した。
「
オタリアフロアの隣にある道を、彼女は歩いていた。
後ろ姿だが見間違うはずがない。
綺麗な長い銀髪に、磨き上げられた美しい褐色の肌と体つき。
この世のものとは思えない美を鍛え上げた、幻想美ともいうべき存在感。
「おにいさ……ひゃっ!」
思わず膝に乗っていたミドリちゃんを押しのけて、窓に貼りつく。
だがその時にはもう間條さんらしき人物は、オタリアを囲う塀の陰に隠れて見えなくなっていた。
(なんで、どうして間條さんがここに? この辺に住んでるのか? それともたまたま?)
ぐるぐると頭の中で思考が駆け巡り、しかし全然まとまらない。
(く、今追いかけたら会えるか? ここから出ていったら……いっそスキルを使って……!)
「あの、おにいさ……」
「え? あっ、ごめん! 申し訳ない!」
呼ばれて見れば、俺に押し倒されて潰された格好のミドリちゃんが、困り顔で、そして少しだけ苦しそうに俺を見上げていた。
一気に、頭が冷えた。
「ゆう兄、どうしたの? 知ってる人でもいたの?」
ミドリちゃんを起こしたところで、コクリちゃんに背中からのしかかられつつ聞かれる。
「あー、えっと。知り合いと言えば、知り合い、なんだが……」
「?」
……何をやってるんだ俺は。
たとえそうだったとしても、優先順位を間違えるな。
「ごめん。びっくりさせちゃったな。苦しかったろ?」
「いえ、大丈夫です。むしろ至近距離で密着して、ドキドキ、でした。苦しいのも、ちょっと癖に……」
「………」
ミドリちゃんに改めて謝りながら、それでも俺はついつい、視線を彼女が消えた角へと向けてしまう。
ワゴンが進んで彼女の曲がった先も目にすることができたが、そこにはもう誰もいなかった。
こうしてワゴン空の旅は、何とも微妙な空気のままで終わってしまったのだった。
※ ※ ※
…………やらかした!
大人なんだからもうちょっと、もうちょっと取り繕えなかったものか。
っていうか、スキルまで使って無理矢理会おうとするとか、恥を知れ恥を!
「ありがとうございました~」
スタッフさんに送り出されモノレール乗り場を出た俺たちは、というか俺は、気合を入れなおすべく大きく深呼吸した。
スキル『瞑想』も併用して、徹底的に気持ちを落ち着ける。
「……よしっ!」
「よしっ!」
メンタルリセット!
その隣でコクリちゃんも真似して気合を入れている姿を見れば、俺のやるべきことを再認識する。
(今日はコクリちゃんたちとのお出かけだもんな。よそ見厳禁だ)
きっと、あれは他人の空似だったんだ。
こんな平日のレジャー施設で偶然再会するなんて運命的なこと、そうそう起こるはずが――
「それじゃゆう兄、さっき気にしてた人の特徴教えて!」
「え?」
え?
「ミドリもそれでいいでしょ?」
「もちろん。コクリが言わないならわたしから言うつもりだった」
「二人とも……」
なんで? という問いかけをするより先に、答えが返ってくる。
「お兄さんの様子から、その人ととても会いたい気持ちを感じました」
「だったら、会わせてあげないと!」
「そんな……」
どうして? という問いかけには、俺はとっくに答えを持っていた。
「ゆう兄! 探そう!」
「わたしたちに、そのお手伝いをさせてください。お兄さん」
小さくても、頼もしい。
見る人にどこまでも元気を注いでくれるような、そして安心させてくれる笑顔。
「……ありがとう。コクリちゃん、ミドリちゃん」
「どーんと頼ってよ! ね、ミドリ?」
「でも、ご褒美には期待しています。ね、コクリ?」
彼女たちは――
「それじゃあ……」
俺が見た間條さんらしき人物について、二人に説明する。
話を聞いた二人は頷き合うと、さっそく行動を起こす。
「二手に別れた方がいい。コクリはお兄さんと一緒に行って」
「わかった! ゆう兄、オタリアフロアから順に追ってみよう!」
お互いを信頼している双子ならではの素早い判断で、状況は動き出す。
「絶対に会わせてあげるから、安心してね!」
俺の手を掴み駆け出すコクリちゃんとともに、俺も足を動かす。
(……ありがとう、二人とも)
彼女たちの心遣いだけでもう、俺の胸は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
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