第8話 統合について
五樹です。今回は、“統合”について話します。ですが、これはとても曖昧な形を持つので、実感として理解するのは難しいかもしれません。
僕達、全人格は、今まで四度、統合されました。
「ええ?一回では済まないの?」と思った方もいらっしゃるでしょう。
残念ながら、統合が一度で済まず、何度か統合と分裂を繰り返しているのが、僕らの実情です。
カウンセラーの話では、通常、人格の統合は、一人ずつ別人格を主人格に取り込んで進んでいくらしいです。
ですが、時子の場合、人格の統合とは、主に僕「五樹」を取り込む事を指します。
どうやら僕「五樹」は、時子にとって他の別人格達をまとめている存在であり、僕を取り込めば、即ち他の人格も全員吸収する事になるらしいのです。それは、「六人の住人」でも語ったと思います。
一度目の統合はもう3年ほど前で、カウンセリングにも通っていない頃でした。
その時は突然「悠」だけが数日間出てきて、しばらくの間、時子は目覚めませんでした。
悠は今と同じように、時子の夫に「ママに会いたい」と訴えました。
後で時子の夫に聞いた事ですが、その時に悠があまりに「ママに会いたい」と言い続けるので、夫は、「悠」の状態である時子が家出をして“ママ”を探しに行ってしまうのではないかと、心配で気が気でなかったそうです。
それで、悠の気を引くために大きなクマのぬいぐるみを買い与えてごまかし、悠はまんまと騙されていました。
悠の後には僕が出てこられたので、僕は簡単に、時子の夫に「自分達は、時子の悲劇的な半生を仮に背負うために生まれた者だ」と、説明を付け加えました。
時子が目覚めてからは、彼女は、突然家に現れた、人の背の丈ほどのクマのぬいぐるみにびっくりしていましたね。
あの時の統合は、多分“統合”とは言わず、時子が、僕達別人格をまた自分の後ろにしまい込んだだけだったのでしょう。
二度目の統合の事は、これから話す事と少し似ていて、「六人の住人」で語った事の繰り返しにもなるので、ここでは省きます。三度目の話をしましょう。
「六人の住人」のエンドで、時子は三度目の統合をしました。その後少しの間はもちろん、彼女はしばらく安定していました。
“もう大丈夫”と思って、時子は夫と一緒に、ライブハウスに出かけて行きましたが、そこで僕達は失敗しました。
彼女は、1時間ほどは人も少ないライブハウスに居ましたが、人数が少なくても、見知らぬ人の中に居る事のプレッシャーに耐え切れなかったようです。
体力的な消耗にも責められて、帰り道に彼女は不安定になり、それからまた、僕が形を取り直し、目を覚ましました。
時子の夫が走らせる車の助手席で、前を走る車のテールランプが赤く僕の目に刺さり、僕は、高速道路の防護柵が素早く流れていくのを睨んでいました。
僕は、まるで自分がすべてをし損じたかのように感じました。
他の人格はどうか分かりませんが、僕は、時子の苦痛を撫でさらう目的で生まれたのです。
だから、彼女がまた僕達の存在に怯えて惑う日々を苦痛に思い、彼女が悪かった訳でもないのに、辛い日々を暮らすのかと思うと、悔しくて堪りませんでした。
最後に、四度目に失敗した統合の話をします。
その日時子は、家の近所にある病院へ、付き添ってくれた夫と出かけました。
何事もなく診察待ちをしているはずだったのに、ある瞬間から、僕と時子の間で奇妙な事が起き始めました。
これを文字に書くのはとても難しいのですが、とにかくやってみます。
その時、僕と時子の意識はどちらも目覚めていて、意識の最前に、「時子」と「五樹」が交互に現れ始めました。
時子が病院の受付から離れて、自動販売機で飲み物を買い、それを取り出そうとした時、時子の心に急に僕の意識が上り、“早く帰りてえな”と呟いた。
その後、“え、今の、何?”と時子が困惑し始める。
それから僕が、“意識が混じり始めた”と認識をした。
“私は今、誰なの?”
“俺は本当に五樹なのか?”
“交互に出てきてる”
“このまま統合に向かうのか?”
そんな風に、僕と時子の意識が、自然と混じり始めました。それは何の前触れもなかったけど、何か理由を探そうと思えば出来たのでしょう。
僕達に余裕はなく、「急に体調が悪くなって」と受付の事務員の方に告げ、その日はすぐに帰宅しました。
帰宅してしばらくしてから、まるで振り子の揺れがだんだんと収まるように、意識の交代が終わった時、四度目の統合がされました。
時子は「五樹」が持っていた記憶を捉える事が出来ましたし、気持ちはずいぶん落ち着いていました。
でも、それもまた駄目になってしまった。その時も、原因は疲労とプレッシャーだったように思います。
実は、四度目の統合が解けてしまった時の状況は、僕はもう覚えていません。
何回も繰り返していて、傾向がいつも同じ出来事は、細かい所は忘れてしまうのでしょう。
時子はいつも、疲労や緊張に追い詰められると、人格を分裂させてしまう。でもそれは当たり前の事なんです。彼女が大きな危機を、その方法で乗り越えてきたから。
僕達は、彼女が苦難の中でも生きていけるように、危機に当たった時には、彼女自身が大きなショックを抱えないように、感情的記憶を分け与えられて生まれた者達です。
だから、統合をしても、大きなショックの前触れを感じたら戻ってしまう。
いつか時子が、僕達を受け入れられるように、「今は幸福だから、もう大丈夫」と思ってくれるといいと、僕は思います。
つづく
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