第34話 怪しい男


 アウトドアショップのレベルが上がり、新しい商品の販売を始めてから3日が経った。店舗の2ヶ月分の賃料や人を雇う分のお金は十分に貯まったので、明日からは屋台を借りるのをやめて、お店を一旦閉めるつもりだ。


「なるほど、明日から店はしばらく閉めるのか?」


「ええ。また店を再開する時には、冒険者ギルドの掲示板に告知する予定なので、その時はまたよろしくお願いしますね」


「ああ、その時はそっちのお店に顔を出させてもらうよ」


「はい、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


 フィアちゃんと2人で若い男性の冒険者を見送る。屋台にも通知しておいたが、ここ数日でお店に来てくれたお客さんには、明日からしばらくの間お店を閉めるということを伝えている。


 新しいお店がオープンする日や場所については、冒険者ギルドや商業ギルドに有料の掲示板があるので、そこに通知する予定だ。この街には今までなかったアウトドアショップというお店の名前を宣伝してきたのはこのためでもあるからな。


「明日からフィアちゃんもしばらく休みになっちゃうけれど大丈夫かな?」


「うん! お母さんもまたお仕事に戻ったし、テツヤお兄ちゃんのおかげでお金は大丈夫ってお母さんが言ってたよ。明日からは勉強会に行って文字のお勉強をするの」


「そっか、それはよかったよ。お店の場所が決まったら、フィアちゃんのお家まで伝えに行くからね。お店の準備も手伝ってくれるとすごい助かるよ」


「はい、頑張ります!」


 レーアさんの体調は無事に回復して、数日前から前の職場に復帰したらしい。フィアちゃんがとっても良い笑顔で教えてくれた。うん、レーアさんが無事に復帰できて本当によかったよ。


 フィアちゃんはお店が休みの間は、無料で計算や文字を教えてくれる勉強会へ行くそうだ。真面目で勉強熱心な上に、お店でもとても優秀だからな。もしかしたら将来は俺なんかよりもずっと優秀な経営者になるかもしれない。




「おい、方位磁石を置いているアウトドアショップとかいう店はここか?」


「は、はい。こちらが方位磁石になります」


「……っ!」


 そろそろ店を閉めようかと思っていると、いきなり店の前にひとりの男が現れた。その男はどう見ても駆け出し冒険者の風貌ではない。30代〜40代の男性で、その平均身長くらいである俺よりもさらに大きく、腕は俺の倍近く太くて大柄な男だ。そして左目の横から頬まで伸びる大きな傷跡、人を視線だけで威圧する鋭い目つき。


 はっきり言って元の世界のドラマなどで見る凶悪犯罪者なんかよりも、遥かに恐ろしい顔つきをしていた。なんとかそれを表情に出さずに、フィアちゃんをかばうように前に出て接客をする。


 落ち着け、別に見た目が怖いだけで、なにか暴力を振るったというわけではない。落ち着いて接客を続けるんだ。


「こちらの方位磁石は水平に置くと、常に同じ方向を指し示します。この街の近くにある広い森でも使えるので、道に迷うことがなくなりますよ」


「……ああ、その話は聞いている。こんなに便利な道具がたった銀貨2枚で売っているんだってな?」


「はい。当店は駆け出し冒険者を応援しているので、できる限り多くの冒険者の手に渡るように価格をだいぶ抑えています」


「……ふむ、なるほどな。あんたがこの店の主人か?」


「はい、俺がこのアウトドアショップの店長です」


 じーっとこちらを値踏みするように視線を送ってくる大男。はっきり言ってめちゃくちゃ怖い……隣のお店の人や、周りを歩いている冒険者達も心配そうにこちらを見ている。頼むぞ、少しでも何かをしようとしたらすぐに憲兵を呼んできてくれよ……というか何もしていないけれど、今すぐにでも憲兵を呼んできてほしい! いや、マジで!


「あんたにいい話があるんだ。この方位磁石とかいうやつをウチで販売させてほしいんだよ。なあに、あんたに悪いようにはしないさ」


「っ!?」


 くそ……なんてこった。他の店に雇われたチンピラか犯罪者か? 明日から一旦店を閉めて護衛を探す予定だったのに遅かったのか! いや、どちらにせよ普通の護衛では、こんなヤバそうな男を相手にできるのかも怪しい。


「……大変申し訳ないのですが、うちのお店の商品を他のお店に卸す気はないです」


「悪い話じゃねえんだけどなあ。そんなこと言わずに、もうちっとだけ考えてくれねえか?」


 ……どうする? ここでは一旦要求を受けるフリをするか? いや、こういう輩は一度要求を認めると、どこまでも要求を釣り上げて言質を取ってくる。これだけ人の目につくところで強硬手段を取る可能性は低いはずだ。それにただ俺を害するつもりだったら、その腰に身につけた剣でもうとっくに殺されている。


「申し訳ありませんが、考えは変わりません」


「……ちっ。とりあえずこんな街中で話すような話じゃねえな。悪いが場所を移して話をさせてくんねえか?」


「お断りします。申し訳ありませんが、お引き取りください!」


「……なんだと?」


 めちゃくちゃ怖い……だが、たとえ俺に何かあっても、フィアちゃんだけは守らないといけない!


 フィアちゃんをかばうために前に出たのはいいが、あまりの恐怖に足が震える。護身用のナタを取り出すか? いや、余計に危険になるだけだ。なんとかして逃げないと……


「はあ……はあ……まったく、勝手に先に行かないでくださいよ」


「……ん? なんだお前まで来る必要はなかったんだぞ」


 後ろから息を切らしながら、ひとりの男が走ってやってきた。


 くそっ、ここにきてさらに相手に増援かよ!? ……いや、でもこの人はこの大男とは違って普通の男に見える。あれ、もうひとりいるのは……


「やあ、テツヤ。また新しい商品を販売したようだな」


「リ、リリア!?」


「リリアお姉ちゃん!?」


 なぜかそこにはBランク冒険者のリリアがいた。どういうことだ? なんでリリアがこの凶悪な顔をした大男と一緒にいるんだ!?


「んん? 何をそんなに驚いて……ああ、そういうことか。テツヤ、紹介しよう。彼は目つきは悪いが、この街の


「ぼ、冒険者ギルドマスター!?」

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