第20話 心春の目指すもの
「萌々ちゃんも今度コラボカフェ一緒にいこーよ」
「あっ、私もまだ行ってない! 心春ちゃんと倉木君はすでに満喫したんだよね」
「コラボカフェ! あー、そういえば兄貴行ったって。萌々も行きます、行きます」
最寄り駅で電車を降りることには、同士ということもあるのか、萌々はさらに2人に気を許したようで、警戒心を完全に解いたように心春たちと前を楽しそうに歩いている。
「ゆーずき」
「おう、俺のことは気にしないでいいぞ」
「いやあ、それじゃ淋しいしょ」
「お前、俺を淋しがり屋とか思ってね?」
「あはは、そんなことないよ」
心春が速度を緩め、少し後ろを歩いていた柚木に並んだ。
萌々の様子から事情を察してくれたのかはわからない。
でも2人が自然に仲良くしてくれて、柚木は感謝の気持ちでいっぱいで……。
「なんつーか、その、ありがとな」
「……急に改まるとびっくりするじゃん。萌々ちゃん、いい子だね」
「ああ……」
「それにしても、まさか柚木が舞台挨拶見に来てたなんてねー……こういうの興味あった?」
「っ! い、いや……」
「兄貴ってば急に声優さんのこと知りたがって」
なんとなく言い淀む柚木に、後ろを振り向いた萌々が代わりに答える。
「ほう、さいですか。その真意を聞きたい、みたいな?」
「……身近なやつがガチだって言ってた物が、どういうのかただ単純に知りたくなっただけだ」
なんだか嬉しそうな心春の視線を受けながら、柚木は照れくさくなりながらそっぽを向いて答える。
「うわっ、顔真っ赤じゃん。ほんと恥ずかしがり屋だなあ」
「う、うるさい」
「あはは、ウケる」
「……あの人、神崎さんだったか?」
「うん……あたし、結奈さんとアフレコ体験で台詞の掛け合いしたことあるんだー。マジすごいの。あたしの気迫とか技とか軽くいなされちゃって……結奈さん、普段も魅力的だけど、本番になると無自覚で見ている人を圧倒しちゃうんだよ」
そう話す心春の顔は彼女と試合している柚木と同じで楽しそうに見えた。
「神崎結奈さんを見れば、声優の凄さも、その魅力がどこにあるのかもわかった。自分じゃない他の誰かになれる、そうだろ?」
「そうなんだよ。マジ魅力だよね」
「あれはマジですごいなって思ったよ……なあ、その鞄に入ってるのって台本、だよな?」
「うん、そういえば見せてなかったね」
「ちょっと拝見……」
それは何度も何度も読み込まれていて、紙の部分が少し変色していた。
ページを捲ってみればところどころに線が引かれ、心春の字で台詞ごとの注意点などがびっしりと書きこまれている。
これだけみれば嫌が応にもガチでやっているのが伝わってきた。
『キミ、僕の速さについてこれるかな?』
「はっ、えっ……?」
台本に視線を向けていた柚木はその声に反応し、瞬間的に構えを取ってしまった。
幼く感じるその声と、心春の背後に映るのは子供らしい姿と素早くて手数の多い振りを錯覚でも感じる。
『あなたに止められるかしら、このわたしが』
「なっ……」
今度は魅惑的な美女を彷彿させる変幻自在の剣。
『受けろよ。ぬかったらその首が飛ぶぞ』
「おまえ……」
それは老練でいくつもの修羅場を超えて来たと言わんばかりの剣士だった。
声色だけでここまで再現できる物なのか、いや、そこには変わる人物への想い、それまでの歩みをも乗っけているから、こんなに響いてくるのか。
「ねっ、色んな人に成ってちゃんと剣が振れるでしょ」
「す、すげえ、簡単じゃねーだろ……」
「久しぶりにみたよ、心春ちゃんの変身。なんか前やってくれた時よりすごくなってる」
「えっ、えっ、心春さん声優なの! すごっ。萌々ファンになる」
前にいた萌々と涼子もおおっと感嘆の声を漏らし、心春に対して拍手する。
「ふふーん。あたしはどんな剣士キャラにもなって、剣士キャラなら心春ちゃんって言われるのが今の目標でさ」
「へえ……」
「それでね、それでね、演じた一人ずつのキャラから学んだことを活かして、あたしの理想の剣を見つけるんだー」
「そっか……んっ、はっ?」
「えっ、なにその顔? 全然言ってることおかしくなくない? あたしは剣ちょー好きだし」
「お、おま」
『目にするもの、経験したものすべてが稽古で、感じたことを形にしていけば見つけられると思うんだー』
そういう心春の姿は実に楽しそうで、幼いころは太陽みたいだと思っていたその姿、今はより輝いてみえるピストル・スターかとも思える。
理想の剣。まだその過程なのだろうけど、その姿の変化に片鱗は見えた。
つーか、声優でもほんとに剣を振って、いつも剣のことばかり考えてるのか。
それが心春のガチって言った答え……。
そう思えば柚木は圧倒され身震いまでしてくる。
「……兄貴と同じくらいの剣バカな人初めて見た」
前を歩く萌々からは呆れていそうな声が聞こえて来た。
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