act.6「スカートの重要性」
「――お兄ちゃん」
ハッキリとしない意識の中で、自分を呼ぶ声が聞こえる――。
「お兄ちゃん」
俺に兄弟はいない。
いないはず。
だが、どうしてか……その声が俺を呼んでいるということが分かった。
一体誰なんだ?
どうして俺のことを、そんなふうに呼ぶんだ。
問いかけようとしたが、何故か声が出ない。
その間にも、謎の声は、俺を呼び続ける。
「お兄ちゃん……起きて――」
◇◇◇
――ピピピピ……。
スマホにセットしていたアラームが、やかましく鳴り響いていた。
そっか……、昨日はあの後、疲れが急にドッときて、すぐ眠ってしまったんだっけ。
背中越しに感じるのは、ふかふかのベッド。
今まで寝ていたペラペラの布団とは、エラい違いだった。
千景さんが、俺のために用意した部屋。
昨日から俺の新たな住まいとなった場所だ。
俺は、おもむろに起き上がる。
そして、備え付けの姿見を見て、ボリボリと頭をかいた。
「……なんか、今でも信じられないな」
姿見には、本来の俺ではなく――眠そうな目の少女が映っていた。
整った顔立ちと、柔らかそうな髪の毛。
10人に聞いたら、10人全員が美少女と答えるような……そんな見た目だった。
これが本当に、俺なのか……?
「んっ〜……」
しかし伸びをする姿も、その動き一つひとつが俺と完全に一致していて……これが俺自身であることを認めざるを得なかった。
「……いい加減、支度するか」
俺はベッドから降りて、着替えを始めた。
それにしても……さっきの夢……。
あれは、なんだったんだろうか。
俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ、謎の人物。
俺には兄弟なんて居ないし、そんな呼ばれ方をしたことだってない。
まあ、所詮夢の話だから、深く考えても仕方ないんだろうが……。
そんなことを考えつつ、俺は千景さんの用意していた服に袖を通す。
その服は、まるで学校の制服のようだった。
いや、制服で間違いないだろう。
あの時に会った魔法少女――確か速水珠々奈って子が着ていたものと同じだ。
強いて違いを言うならば、リボンの色があの子が赤だったのに対し、俺のやつは黄色だが……。
だが……そんなことよりも、もっと重大なことがある。
「下半身……防御力が低過ぎやしませんかね……」
そう。
魔法少女の制服なのだから当然といえば当然なのだが……下半身がスカートだったのだ。
ペラ1枚捲られたらその下はパンツなんだぞ?
よく平気な顔をして歩けるな……。
しかしこれからは俺もスカートに慣れていかないといけない訳で……。
「はぁ……先が思いやられるな……」
俺は1人でひとしきりため息をついた後、渋々と部屋を出たのだった。
◇◇◇
女体化した俺が新たに住処として与えられた部屋は、言うなれば寮のような場所だった。
部屋を出ると廊下には、たった今出てきたものと同じ形をした扉が、ズラッと並んでいた。
一体何部屋あるんだ?
少なくとも、一般的な寮のそれとは比較にならないほどの規模であることは間違いなかった。
「……っと、千景さんを待たせているんだった。早く行かないと」
俺は広すぎる建物内で迷子になりそうになりながらも、千景さんに待ち合わせ場所として指定されていたエントランスへとなんとか辿り着く。
千景さんは既にエントランスに居て、暇そうに欠伸をしていた。
現れた俺に気付き、その身に纏っている制服を見て、ニヤついた笑みを浮かべた。
「なんだ、結構似合ってるじゃない」
「……それは褒め言葉として受け取っておけばいいのか?」
「もちろん皮肉だけど?」
はぁー……いい性格してるね、この女は。
「あんたらが俺をこんな目に合わせたんだろうが」
「それは心外ね。ちゃんとあの時に言ったでしょ? 自分自身の意志で選べって。それとも、まだ記憶が戻らないのかしら?」
「……お陰様で、記憶はほとんど戻ったよ」
当然、あの時のことも思い出した。
思い返してみれば、確かにそんなことを言ってはいたが……正直、あの時に取れる選択肢なんて他には無かった。
この女の手のひらで転がされているような気がして、あまりいい気はしなかった。
「だいたい、女になるなんて……あの時には聞かされてなかったぞ」
「あら、言ったじゃない。魔法は男には使えない。だけどあの薬を飲めば、魔法を使えるようになるって」
……つまり、魔法が使える、イコール女になるってことか。
確かに、間違ったことは言っていないのかもしれないが……なんだか釈然としなかった。
「……というか、めちゃくちゃ引っかかってることが一つあるんだけど」
「引っかかってること?」
「なんでわざわざ俺を……女なんかにしたんだ? 男の俺を……」
少し考えればおかしな話だ。
女にならないと魔法が使えない。それは分かった。
だけど……ならばなんで、わざわざ男の俺を性転換させるような真似をした?
そんなことをするくらいなら、最初から魔法が使える少女を連れてきた方がよほど建設的だ。
そこが俺にはずっと、気になっていたのだ。
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、千景さんは。
「ま……じきに分かるわよ」
そんなふうに嘯くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます