アウトロ 二人の甘々な夏休み
68話 とある夏の日
「姉さん、起きろー」
「いやん……あとちょっと。二、三時間だけ……」
「もう九時だよ。俺、これから出かける用事あるんだから。ほれ、起きろ」
「昨日……飲み会で夜遅かったのアンタも知ってるでしょ……もうちょっとだけ」
「じゃあ、姉さんの分の朝ごはんはナシね」
「あー、あー! ヤダヤダ……」
布団にイモムシのようにくるまって駄々をこねる姉さん。
これ以上は時間の無駄なので、俺は掛け布団をひっぺがすことにした。
「いやー! 人殺しー! ロクデナシー! 布団を返せー!」
「はいはい。じゃ、俺は朝ごはんの準備してるから。その間にとっとと起きてね」
ジタバタする姉さんを後目に、俺はリビングに向かった。
「いただきます」
「いただきまーす」
リビングテーブルに座りながら手を合わせる俺と姉さん。
今日のメニューはご飯と納豆、それにしじみの味噌汁。和風メニューで仕上げてみた。
「あーおいしー。二日酔いの身体に染みるわ……」
味噌汁を一口すすってほっとため息をついた姉さんが、しみじみといった感じでつぶやいた。
「もしかして、私のためにしじみの味噌汁にしてくれた?」
「そんなことないよ。たまたまだし」
……本当は姉さんの二日酔いを心配したんだけど、さすがにそれを言うのは恥ずかしかったので黙っておくことにした。
「そっかそっか。でも、ありがと。味噌汁おいしい」
ふふっと笑ってお礼を言う姉さん。
「そういえば、今日も詠ちゃんのところ行くの?」
「え?」
急に話題が詠のことになって思わず聞き返してしまう俺。
そんな俺の様子を見て、姉さんはニヤニヤと笑った。
「図星ね」
「う……ま、まあ……」
「いやー、こじれにこじらせた夜空くんにも彼女ができて、やっと青春到来かぁ。姉として大変嬉しい限りだわぁ」
「いや、別に。青春って……そんな大げさな」
気恥ずかしくなった俺は少し照れくさくなりながらも、ごまかすように言った。
「でも、夜空。今、楽しいでしょ?」
「まあ、うん」
「それが青春。青春って楽しいんだよ」
姉さんは「よかったね」と言ってから、くすっと笑った。
***
朝ごはんを終えた俺は、家事を仕上げた後、まっすぐ詠の家に向かった。
今日は八月七日。
俺と詠が恋人同士になった、夏祭りの夜から一週間が経過していた。
あの日以来、俺は詠と毎日会っている。
一緒に本屋に行ったり。
近所の公園でピクニックをしたり。(なお弁当は俺のたっての希望によりコンビニで購入)
近くのショッピングモールで買い物したり。
まるで会えなかった時間の埋め合わせをするように。俺たちはお互いの時間を重ね合わせた。
そして今日は、詠の発案により、彼女の家で一日を過ごす予定になっている。
「いらっしゃいお兄ちゃん!」
「こんにちは、青井くん」
詠の自宅へ上がった俺を、文ちゃんと加代子さんが迎え入れてくれた。
「おはようございます。あのー、詠は?」
「お姉ちゃんは今トイレ。すぐ戻ってくるよ。ちょっと待っててー」
文ちゃんはそう言って、俺をリビングソファに座るよう促す。
促されるまま、ソファに腰掛けてしばらく待っていると、足元をなにか柔らかいものが触れた。
「うひゃ!?」
俺が驚きの声を上げた後、視線を下げるとそこには――
一匹の三毛猫がいた。
「もしかして……ムギ?」
その三毛猫は、俺の声に反応してこちらを見上げると、ニャアと一声鳴いてから、すり寄ってきた。
俺の膝の上にちょこんと乗ると、そのまま丸まって眠り始める。
「えー珍しー! ムギが家族以外の人に懐くなんて。この子とっても人見知りなんだよ」
そんな様子を見た文ちゃんが、驚きの声を上げた。
「え、そうなの?」
膝のうえで気持ち良さそうに眠るムギの頭を撫でながら、俺は文ちゃんに尋ねる。
「うん。だから初めて見る人が家に来たときはいつも隠れちゃうんだ。でも、どうしてかな。なんとなくだけど、お兄ちゃんには心を許しているみたい」
確かに、そう言われてみればテスト勉強のときには姿を見せなかった。
なんだかムギに認められたような気がして、少し嬉しくなる。
「あ、夜空くん!」
そんなタイミングで、ガチャリとリビングのドアが開き、詠が入ってきた。
片手を上げて挨拶する俺に、詠は満面の笑顔で応える。
「待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫だよ。今来たとこだから」
今日の詠は、水色を基調とした涼しげなワンピース姿だった。顔にはお家モードの眼鏡をかけている。
めちゃくちゃ清楚な印象で、とてもカワイイ。
こんなカワイイ子が俺の彼女なんだ――今更ながら他人事みたいにそんなことを思ってしまう自分がいた。
ホントに可愛い。
だけど、その一方で恥じらいを知らないおっぱいも強調されていて……
おっぱい……
おっぱいおっばいおっぱいおっぱい……
ハァハァ、ハァハァ。
そんな風におっぱいに思いを
一瞬、視界に身体をビョーンと伸ばしたムギの姿が見えて。
デュクシッ!
「いってぇッ!」
鼻先に鋭い痛みが走った。
ムギに強烈な猫パンチを喰らった格好だ。
「こらぁ! ムギ何やってるの!?」
慌てたように詠が駆け寄る。
ムギは
「大丈夫? 夜空くん」
「だ、ダイジョブ……」
「ムギったら、あんなことする子じゃないのに……ゴメンね?」
心配そうに俺の顔を覗きこむ詠。
詠のキレイな顔が近づき、いい香りもした。
これはこれで……むほほ。
「あーあーお兄ちゃんたら、鼻の下があんなに伸びてデレデレだよ。そりゃムギにもやられるよねぇ」
「うふふ、若いっていいわねぇ」
文ちゃんと加代子さんの生温かい視線を感じてハッとなる俺。
「いや! これは! そう言うのじゃなくてですね……!?」
慌てて弁明するものの、どうにも説得力がない感じになってしまい、アタフタする。
首をかしげる詠をよそに、文ちゃんと加代子さんは楽し気に笑った。
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