第21話

 来客だ。この時間に珍しい。

 振り返るとドアはゆっくりと、控えめに押し開かれた。おそるおそる中を覗いてきた顔と目が合う。

 私は固まった。向こうも私を見て固まった。

 

「いらっしゃいませ、どうぞ~」


 何も知らない叔父がすぐ声をかけた。

 立ちつくす彼女に向かって、「お好きな席へどうぞ」と優しい声音で続ける。

 私はすかさずその間に割り込んだ。同じ学校の制服を着た女子の行く手を遮る。 

 

「あ、どもども、ども~」


 ひまりはわざとらしく相好を崩した。首筋に手をやりながら頭をへこへことさせる。

 私は目を細めて尋ねた。


「……なんでここに?」

「や~ちょっと、喉乾いちゃったんで……」


 露骨に目線をそらして、しらを切り出した。容赦なく詰める。


「……もしかして、つけてきたんですか」

「や、やだなぁそんな、たまたまですよ。や~たまたまよさげなお店があって、つい匂いにつられて」

「コーヒーの匂いに?」

「うん、そうそう」

「コーヒー飲めないくせに?」

「うっ」


 ひまりは苦しそうに胸を手でおさえた。大げさな動作で。

 こちらもつい大きくため息をついてしまう。


「な、なんだよいいじゃんかよぉ。千尋だってわたしのことつけてたくせに」

「レベルが違いますよね? わざわざこんなとこまで」

「だって、用事とかって、変に隠すから!」

「別に隠してませんよ、話す必要がないと思っただけで」


 そこまで公にする義理もないというか意味もないというか。叔父の店の手伝いをしている、と言ったところで特段面白くもないだろう。

 

「てかなに? 働いてるの? ここで?」


 給金をもらって働いているわけではない。

 家事の延長みたいなものだ。私の中でもそこがひっかかっていて、口にしなかったのかもしれない。


「ん? 千尋の知り合い?」


 私が答えずにいると、カウンターから出てきた叔父が横から口を挟んだ。

 ひまりが元気よく即答する。


「はい、クラスメイトです。友達です!」

「えっ、クラスメイト! 友達! 千尋の!」


 わざとらしくオウム返し。目を丸くして驚いてみせる。信じがたいとでも言わんばかりだ。

 ひと睨みすると、叔父はすばやくひまりへと視線を逃した。


「へ~そうなんだ、同じ桜峰の……」

「そうなんですよ、わたしも自転車で通ってて……」


 それから二人のおしゃべりが止まらなくなる。

 質問に対しひまりは質問を織り交ぜながら返答を繰り返して、うまく会話を弾ませている。

 叔父も楽しそうに話し始めてしまった。私と二人のときはさほどではないが、もともとおしゃべり好きではあるのだ。


 すぐに私が入り込む余地がなくなった。もう少しひまりを問い詰めたいところではあったが、今やると叔父から茶々が入りそうだ。


 和気あいあいとする二人を尻目に、私は掃除を再開した。

 トイレを清掃し、軽く外回りをして店内に戻ってくる。

 いつしかひまりはカウンター席に腰を落ち着けしまって、すっかり話し込んでいる様子だった。


「いいかも! わたし、今ちょうどひましてるんで! ひまひまのひまりちゃんです!」

「んーでも、高校生はなぁ……」

「ダメですかぁ?」

 

 妙な会話が聞こえた。なにやらひどく嫌な予感がする。

 ここは聞き流すことはせずに、横槍を入れていく。


「ちょっと待ってください。何の話ですか」

「なんか人がやめちゃって大変なんでしょ? お店。そしたらわたしとかどうかなって」

「別に大変ではないです。くそひまです」

「ん、千尋くん? 困るなあ勝手な風評を流すのは」


 叔父がすかさず苦笑する。

 そうは言うが、まさか彼女を雇い入れるつもりなのか。


「どのみち無理ですね。彼女コーヒー飲めない人なんで」

「そんなことないって。コーヒーもさ、もっとミルクと砂糖いっぱい入ってて生クリームとか乗ってたらいけるし」

「それもうコーヒーじゃないですよね。やはり不適格ですね」

「いや、ていうか別にコーヒー飲めなくてもいいよお客さんじゃないんだから」


 叔父にぴしゃりと遮られる。

 彼はいったいどっちの味方なのか。いや敵か。


「う~ん、でも接客がなぁ……」

「わたし接客とか得意ですよきっと」

「まぁ愛想はいいよね。でも学校とかでおふざけするノリとは違うからね?」

「わかってますって。わたしお仕事系のマンガとかめっちゃ読んでますよ」

「いやそれはあんまり関係ない……じゃあ、ちょっと笑顔であいさつしてみて」

「いらっしゃいませ~!」

「合格!」


 叔父がびしっとひまりを指差す。

 完全にふざけ始めてしまって、お話にならない。


「やめてください。そんなふざけたノリで採用なんて……」

「そうは言うけど採用活動も大変なんだよ? 募集してもなかなかまともなのが来ないし。知り合いのつてとかから取ったほうが楽なんだよねいろいろと」

「私が働けばいいじゃないですか」

「ん~でもそれは、由美さんに文句言われるかもしれないし……」


 基本的に叔母は私が働くのに反対だ。

 せめて高校生のうちは学業に専念すべき、という考え。ただなるべく私の意思を尊重したい、という考えでもあるので、強めに言えばたいていのことは通る。

 

「千尋だって本格的にやるとなると、接客もできないと……」

「私だってできますから。それぐらい」


 胸を張って言い返す。ここは引けない。

 するとやり取りを眺めていたひまりが、脇から口を出した。 


「じゃあちょっとやってみて。わたしお客さんやるから」

「あ、いや千尋は……」

「へいウェイトレスさん!」


 叔父が止めにかかるも、ひまりは無視して私に向かって元気よく手を上げた。

 ならばこちらも望むところ。私は姿勢を正して、ひまりの座るカウンター席の傍らに立った。

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