第17話
「何?」
「あ、少し……。すみません」
二言目には謝る。声も小さく、見るからに気が弱い。
バスケやってるときはそうでもなくて割と態度大きかったりするんだけど。普段と人が変わるタイプかも。
咲希はことあるごとに清奈にべったりひっついている。
それがいいとか悪いとか、好きとか嫌いとか、別になんとも思わない。ただまあ、このままずっと金魚のフンしてくのかなって。
でもわたしだって、この子と本質は同じなのかもしれない。みんなの人気者に気に入られている、いけ好かないやつ、みたいな。
咲希がおずおずと口を開く。
「あの、部活……も、戻るんですか?」
「いや、戻んないです」
つられて敬語になる。
この子から質問とかしてくるのって、めったにない。というか初めてかもしれない。
けど戻る気がないのは本当だ。
もともと、なんとなくで……中学はどこかの部活に入らないといけなくて。その時ハマってたアニメかマンガの影響かなんかで、とりあえずで選んで。
中学の最後も地区の予選で、決勝まで行って、負けて。
わたしはよくやったって思った。楽しかった。でも周りは泣いてた。悔しくて泣くとか、よくわからなかった。
勝ち負けよりも、楽しくできたらそれでいいって思っちゃう。
たぶんそこまで本気で、ガチガチにはやってなかったからだと思う。
まあそこは才能というかセンス? でたまたまうまくできていたけど、それもここまで。
わたしには千尋とか清奈みたいに闘争心がない。ぐわっとこられると、どうぞどうぞってなっちゃう。だから根本的に向いてない。
そんなやついても、周りだって迷惑だろう。
「わたしは今ぐらいで……体育でちょっと活躍するぐらいでいいかなって」
咲希は肯定も否定もしなかった。
咲希もそういうタイプには見えない。競争とか、あんまり興味なさそう。
この子は、なんのためにやってんだろ。急に聞いてみたくなった。
「咲希は、なんでバスケやってんの?」
少しだけ間があった。咲希はわたしの顔を見もせずに答えた。
「別に……他に、やることもないですし」
はっきりしない物言いだったけど、なるほど、とわたしは腑に落ちた。
たしかにやめたらやめたでヒマなんだ、結構。いや、かなり。
感心していると、咲希は小さな体を翻して立ち去っていた。本当にすばしっこい。
「オレと付き合ってくれ、頼む!」
突然ですがここで告白タイム。
放課後裏庭に来てくれって山下にラインで呼ばれて、来てみたらいきなりこのザマ。
本当に急すぎて時間がすっ飛んだ。授業あんまり聞いてないからかもだけど。おかげでぼやぼやしてた頭がすっきり冴えた。
「いやいや、ないでしょ。ないない」
とりあえず笑って流すことにする。実際笑って流しちゃうぐらいない。
なんとなく好意持たれてるのかな、ぐらいは思ってたけど、急すぎ。去年一年のときに人づてに知り合って、変な集まりに呼ばれて遊園地に行った記憶はある。ビビるほどつまらなくて、遊園地って一緒に行く人次第でこんなにつまらなくなるんだって新しい発見だった。
二年になって同じクラスじゃん、みたいな感じで最近はよく話してはいたけど。全然そんな告白したりされるような間柄じゃない。少なくともわたしは。
腰を折り曲げていた山下は、がばっと面を上げて詰め寄ってきた。
「そういうノリじゃねえよ、オレはマジで言ってんだよ!」
「いやいやマジでもないから」
普段どおりのノリで受け流す。
この対応はひどいと言われるかもしれないけど、ここで変な空気にしてしまうとやりづらいから。
「なんでダメなんだよ、理由を教えてくれよ理由を!」
意外に食い下がってくる。
逆になんでオッケーしてもらえると思ったのかこっちが聞きたい。
もっともらしい理由を考えてみる。さすがに生理的に無理とか言ってはいけないのはわきまえている。
「まあなんていうか……フィーリングが?」
「なんだよそれ、はっきりしねえな。もしかして他に好きなやつがいるのか? あ、わかった翔か!」
「言うにことかいて翔はないっての。別に好きな人とかいないから」
「じゃあいいじゃねえかよ!」
「じゃあの意味がわからない」
「いいじゃんかよ、どうせバスケやめてヒマなんだろ?」
これにはイラっとくる。それは見事に痛いところを突かれてるから。
いや告白するやつの言い草じゃないだろ。
「本当に好きなんだって! ひまりマジでかわいいしさ、クラスで一番……いや学年で一番!」
「なんか中途半端ね」
「学校で一番! 市で一番!」
これだけ言ってくれるなら、まぁおっしゃるとおりヒマだし、付き合ってあげてもいいのかな。少なくともヒマは潰せそうだし。それになんかどうでもよくなってきた。
……いや、でもやっぱダメでしょそれは。
少しぐらい「こいついいかな」って思ったことがあれば別だけど、そういうのもまったくないし。
「いや、やっぱ無理……」
「とか言って、ひまりも結構遊んでるんだろ? なあ」
「はあ? 何? それって、誰が言ってた?」
「いや誰っていうか、周りからの噂で?」
周りからって、そこが重要なんだけど。
どこでそんな噂が流れてるんだか。わたし自身は聞いたことない。机に書かれたことはあるけど。
「わかった。付き合うのが無理なら……」
山下は急に神妙な顔つきになると、いきなりその場に両膝をついた。
花壇脇の草の上。桜の花びらがまばらに散らばっている。
……なんだこれ一体何が始まる。何する気だこの男。
「一発やらせて! 頼む!」
山下は両手をついて勢いよく頭を下げた。
額を地面に擦り付けんばかりに気合の入った土下座。
土下座するやつって本当にいるんだ。
なんとか笑ってごまかしてきたけど、それはさすがに引く。
――あいつ土下座したらやらせてくれるんじゃね?
聞いたわけじゃないけど、言いそう。翔とか。裏で言ってそう。
で、こいつはバカだからそれを真に受けてそう。
「頼む! この通り!」
目の前で亀のようにうずくまって動かない。
思いっきり後頭部を踏みつけてやりたい衝動にかられる。もう頭を蹴り飛ばしてこの場から逃げだしたい。けどやっぱりそれはできない。同じクラスだし、周りとの関係もあるし。
「ちょ、ちょっとやめてよマジで!」
「お願い、お願いします!」
叫びながら、山下はひたすら頭を下げ続ける。
ヤバイ鳥肌立ってきた。なんかもう怖い。怒りを通り越して怖くなってきた。逃げようにも足がすくんでいた。
土下座ってされたところで優越感も何も感じない。むしろされると怖い。恐怖。また新しい発見。
「マ、マジでやめてって……」
さっきからわたし、同じことしか繰り返してない。できるのはかろうじてそれだけ。
一応人気のないところを選んだのだろうけど、いつ誰がやってくるかもわからない。校舎の上の窓から見られている可能性だってある。
わけのわからなくなったわたしは、カバンに手を入れてスマホを探った。清奈に電話しようかと思った。でも今は練習中に決まってるし出るわけない。ていうか清奈に助けを求めるとか、ないでしょ。とんでもない迷惑。
そのとき、わたしのすぐ脇を、音もなく人影が通り過ぎた。ふわっといい匂いがした。
はっとして見ると、影はうずくまる山下の前で、静かに立ち止まった。
スカートから長い足が伸びて、膝が90度に曲がる。無地の紺の靴下。黒いローファーが宙に浮いた。
「人助けすると思って! お願い!」
山下がまた何事か言った。
それとほぼ同時に曲がった膝が伸びて、ローファーが後頭部を踏みつけた。
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