第13話

 今日の体育は、いくつかのチームに分かれてバスケの試合。

 前半後半5分の特別ルール。一面のコートでどんどん試合を回していく感じ。

 

 後半開始、わたしのチームは8点のビハインドを背負っていた。

 マイボール。中盤でボールキープをしながら、周りを見渡す。

 いつもの体育館、慣れているはずの試合も、授業のバスケは全然感覚が違う。

 何が違うって、やっぱり一番はメンツなんだけど。


 さてどうしたものか。

 お仲間はほとんど頼りにならない。前半でだいたいわかった。

 基本わけのわからない位置にいて、パスの出しようがない。ていうかパスしてほしくないっぽい。授業だから仕方なくやってる感。でも気持ちはわかるからイラついたりはしない。


「リードされてるのにそんなゆっくりでいいの? ひまり」


 そして目の前で圧をかけてくるのが清奈。クラス委員長であり、次期バスケ部キャプテン候補っていうかキャプテンの高塚清奈。

 わたしより背が高い手足も長い。きれいな顔してるけど今だけは本当に邪悪に見える。

 せめてこいつさえいなければ……って感じだけど、部活のガチ練かってぐらいガンガン寄せてくる。ガチガチにマークしてくる。

 今だってパスコースを塞ぐようにわたしの前に立ちはだかっている。

 もちろん実力も折り紙付き。相手にそんなのがいるから、味方もみんな萎縮しちゃってる。

 

「ひまり!」


 そんな中、唯一パスをもらいに来たお仲間。

 千尋だ。いつにもまして真剣な顔。髪をポニーっぽく縛ってる。かわいい。

 ボールハンドリングはまだ拙いし、元バスケ部員、とかではなさそうだけども、実は前半からいい動きをしている。


 体育とかちゃんとやらない人かと思ったら、がっつりやる人なんだ。そこはちょっと意外。まあでも、なんか負けず嫌いっぽいもんね。

 ていうか今ひまりって呼ばれた? 名前呼ばれたの初めてじゃん? 

 なんか嬉しい。そんなふうに呼ばれたらもうどんどんパスしちゃう。


「え」


 その矢先、突然手元が軽くなった。よそ見してたら清奈にボールを叩き落とされていた。

 慌てて床に跳ねたボールに手を伸ばすも、小さい影に横からかっさらわれる。

 ドリブルでわたしたちのゴールに向かって駆け出したのは咲希だ。まるで気配がなかった。すばしっこいやつ。

 咲希っていうのは小花咲希(おばなさき)って言って、いつも清奈にくっついているちびっこくておとなしい子。けれどバスケットの実力は確かだ。


 ドリブルも速い。走るけど追いつけない。咲希はそのまま一人で速攻。お手本みたいなきれいなレイアップでゴール。

 ゴール下でボールを渡される。咲希はわたしに向かって、一瞬にやっと不敵な笑みを浮かべた。ような気がした。


 相変わらずよくわからんやつ。千尋と同等か、それ以上に謎かもしれない。

 普段はいるのかいないのかわからないぐらい目立たない。けどもコートでは存在感が……いやコートでも目立たない。でもきっちり仕事はする。


 にしても同じチームにバスケ部二人はまじで反則でしょ。

 しかもどっちもレギュラーレベル。チーム分けおかしい。

 

「もう、なにやってるんですか」

 

 近づいてきた千尋に怒られた。

 いやあんたのせいだよ、とはもちろん言えない。

 ここは汚名挽回。いや名誉返上だっけ。いいところを見せなければ。


 スローインでボールを千尋に渡す。

 すぐ戻してもらおうかと思っていたけど、千尋は一人でドリブル。強引に中盤まで持っていく。

 こころなしか前半よりも動きが良くなっている。試合中に成長しているとでも言うのか。きっと運動神経がいいんだろう。いや、それよりメンタルが強いのか。

 

 ここで清奈が千尋の前に立ちふさがる。

 わたしはすかさずパスを要求。ボールを受け取って、前へ。しかしこれは清奈に読まれていた。すぐひっついてくる。わたし以外眼中にない感じ。

 

 外に視線を配る。サイドを上がっていく千尋と目が合う。今度はすぐにパス。で、またすぐボールを要求。一回預けて、すぐ返してもらう。

 ナイスパス。うまいこと清奈の裏をかいた。向こうはわたしが一人で行くと思ってたっぽい。

 清奈が慌てて取って返してきたところに、1度フェイクを入れてドリブル、ゴール下でシュート。一本取り返す。

  

「イエーイ!」


 手を上げて千尋に近寄っていくが、ちら、と一瞥されたきり無視された。千尋はすぐ自陣コートに戻っていく。あらあら恥ずかしいのかな。

 代わりに清奈が後ろから軽く肩をたたいてきて、


「さすがはエース」

「だからエースじゃないっての」


 わたしはもうやめたんだからそういうの関係ない。

 清奈はまだ納得いってないみたいだけど。


 向こうのオフェンス。

 あっちは清奈と咲希二人のホットラインができている。精度の高いパス。だから反則だろそれ。わかっててもわたしは警戒されてて取れない。

 ぶっちゃけ咲希がドリブルで突っ込んでくると、わたし以外はきっと止められない。

 それをやらないぶん、まだ良心が残っているのか。


 ばちんと音がして、ボールの動きが止まる。

 何事かと思えば千尋が咲希から清奈へのパスをカットしていた。マジか。

 素人だからってなめてかかってるからそうなる。咲希は若干そういうとこある。


 わたしは一目散に敵コートへ駆け出す。

 手を鳴らしてパスを要求。すぐボールが飛んでくるがずっと後方。慌ててブレーキして受け取る。

 どこ投げとんねん、ってそれは要求しすぎか。


 その間に相手に戻られ、結局わたしの前にはがっつり清奈さんが張り付く。

 この人がいなかったらもっと動けるんだけど。なんでここだけガチらないといけないのか。ずっと苦手意識がある。

 たまらずどフリーの子にボールを渡す。でも向こうはボールを受け取ってあたふた。すぐに相手にボールを奪われてしまう。


 と思ったらボールを持ったのは千尋だった。

 いや嘘でしょ。ハンドオフ……というか味方からボール奪ってる。

 怪しいドリブルをして、足を止めて、強引にシュート。


 え、そこから? フォームめちゃくちゃ。でも軌道は悪くない。 

 宙を舞ったボールはゴールリングにぶつかって、跳ねて。

 ゆっくりとネットの中を滑り落ちた。

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