第10話

 自転車を家屋脇のひさしの下に止める。ここでは鍵をかけることはせず、私はカバンを手に玄関に回った。

 薄暗い庭はがらんとして静まり返っている。乗用車の5,6台は止められそうな広い庭。背の高くなってきた雑草を目にして、今度処置しないと、と思いながら引き戸の解錠をする。

 

 私の家はそこそこに広い。平屋の古風な家、といえば聞こえはいいが、オンボロ家と言われればそれまで。周りは大体田んぼ。数年前に近くに大きな道ができてから、だんだんと開発が進んできている。

 亡き父の実家で、いつここが建てられたのか私は知らない。

 この家には私と、父の弟と、その奥さんが一緒に暮らしている。祖父はすでになくなっており、祖母は去年施設に入った。

 

 父は私が小学三年生のときに、不慮の事故で亡くなった。通勤途中で車にはねられた。

 遠足の日の朝、学校で突然呼ばれて、それで遠足にいけなくなったのを覚えている。 

 私が物心ついたころには母親の影はなかった。病死だと言うが、詳しくは知らない。


 居間に上がって電気をつける。かすかに線香の匂い。

 叔父叔母ともに今日は遅くなると言っていた。

 叔父は小さな喫茶店を経営している。経営と言っても、半分趣味でやってるようなものだからと言って呑気なものだ。

 稼ぎ頭は叔母。医療関係の仕事をしていて、大学病院に勤めている。叔父いわく秀才のエリートだという。帰りが遅いのはいつものことだ。 


 部分的に家の改装をしたため、そこだけ新しい。

 もとは畳のある和室がほとんどなのに対し、リビングは洋室。寝室も洋室。私の部屋もそう。和室は仏壇があったり来客用で、ほとんど使われてない。


 自室の扉を開けて、勉強机の上にカバンを置く。

 お下がりの小さいテレビ、使い古した机、無駄にいかつい椅子。ハンガーラック付きのタンス。

 壁は白。カーテンも白。余計なものはあまりない。

 唯一目立つのは、背の高さほどの大きな本棚。本やCDDVDのケースがごちゃまぜに入っている。並んでいるのはひまりに言わせるといわゆる渋い、ラインナップになるのだろう。

 

 もともとここは父が使っていた部屋だ。私自身はほとんど手を加えていない。

 私の家だけども、私の家じゃない。私の部屋だけども、私の部屋じゃない。そんな感覚がする。

 家のことで不満があるわけじゃない。 

 叔父夫婦には子供がおらず、後見人として私を実の娘のように扱ってくれている。とてもありがたいことで、いくら感謝しても足りない。

 けれどいつまでも甘えているわけにはいかない。

 自分のことは、全部自分でできるようにならないと。なるべく早く、自分一人の力で、独り立ちできるように。


 洗面所へ向かって手を洗う。制服のリボンを外しながら、今日はシャワーだけで先に済ませてしまおうかと隣接する風呂場へ視線をやる。ふと台の上にある赤い容器が目に止まった。唐突にひまりの顔が目に浮かぶ。

 

 ――じゃ、写真待ってるから。

 

 少し迷うがそれこそ時間の無駄と、私は自室にとって返し、スマホを手に戻ってきた。シャンプーの容器を写真に収めて、とっとと送信することにする。最初やり方がわからなかったが、ネットで調べたらすぐに出てきた。いちいち人に尋ねずとも、検索すれば何だって出てくるから便利だ。何も言わずにいきなり写真を送りつけたが、そこは気にするほどでもないだろう。


 昨日作った肉じゃがを温めて、サラダに余っていた玉ねぎを刻んでレタスをちぎって……と頭の中で献立を考えながら、再度自室へ。

 ブレザーの上着とスカートを脱いでハンガーにかける。

 ブラウスを少し匂ったあと、一緒にハンガーへ。あまりよろしくないかもしれないが環境にはいい。

 タンスで下着をあさって脇に抱える。薄手のインナーショーツ姿のままリビングを横切って風呂場に向かった。叔父がいるとそれはやめてくれと言われるが今は問題ない。

 

 風呂場の前にやってくると、スマホが洗濯機の蓋の上に乗っていることに気づく。先ほど写真を撮って送って、なぜかここに置きっぱなしにしていた。そうだ靴下を脱ごうとして置いたんだった、と思い出し、スマホを手に取る。 

 通知のライトが光っていた。画面をつけて通知をタップすると、


『どういうこと?』


 というひまりのメッセージとともに画像が表示された。

 見慣れない白いタイルの背景。どこかの風呂場らしき場所に、見覚えのある赤い容器が映っていた。


『どういうことってなんですか?』

 

 意味がわからなかったのでそのまま聞き返す。

 ものの数秒もたたずに返信が来た。

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