第4話
わたしの机には落書きがある。
ビッチヤリマンぶりっこと書かれている。机いっぱいにばーっとではなく、左下の隅の方にちょこちょこっと。
ある朝登校したときに見つけた。
正確には授業が始まって、教科書を広げたときに目に入った。
本当にしょうもない落書き。
この席を割り当てられたときには、なかったように思う。いやきっとなかった。二年になってクラスが変わって、まだまる一週間も経ってない。
仮に私あてのメッセージだとしても、ずいぶん控えめだ。こんなの書いてあったかな~なかったかな~? と迷うレベル。
遠目にちょっと見たぐらいではまず気づかないだろう。この机を毎日使っている本人以外は。
落書きは変に角張ったような字体で、線は細い。そういうフォントでも真似て書いたっぽい。ナチュラルにこんな字を書く人はいない。
単純に不気味。気持ち悪い。
アーティスト性を発揮するのはいいけど、そういうのは自分の机でやってほしい。
さらにご丁寧に油性マジックで書かれている。
ためしに消しゴムでちょっと擦ってみると、なんとか消えなくはないけど、という感じ。
ヤリマンをマンにしたところで力尽きた。あんまりごしごししていると不審がられる。
洗剤とか使えば簡単に消せるっぽいけど、そこまでするのもなんかシャク。
さほど気にすることもないかって、最初は放置することにした。けれどちょいちょい目に入ったりして、やっぱり気になる。一日終わって、家に帰って。お風呂の中で。夜ベッドの上で。考える。疑心暗鬼になる。
この場合問題なのは、落書きの大小ではなく消せるかどうかでもなく、これを書いた人間がいるこということ。悪意なのかただのいたずら心なのか。通り魔的犯行の可能性もある。
どのみちそんなふうにそしられる覚えはない。身も心も清い乙女に向かって、失礼な話である。
それにぶりっこ? 鰤の子供?
わかんなくてスマホで調べちゃったじゃないの。ずいぶん古臭い表現をする。どうせならかわいいかしこい巨乳とか書いてってくれればいいのに。
こういうのって本当は先生に言ったほうがいいんだろうけど、まあ、あれだ。
あんまり大事になるのも困る。
誰かに相談……は考えなかった。もちろん友達がいないわけじゃないけど、これ系はちょっと引かれるというか、迷惑かなと。シャレにならない雰囲気になったら困る。
ていうか、わたしってやっぱ友達いないのかも。
めんどいので机ごと交換するという荒業も考えた。前に教えてもらったサボるとき用の空き教室には、ごっそり机が余っていた。勝手に交換したところでバレはしないだろう。
けれどそれこそ大げさだ。そうしたところで根本的解決にはならない。本当に犯人がいて、私あてのメッセージを書いたというのならば。
迷った挙げ句、やっぱりムカつくから消すことにした。
調べたところによると除光液でいけるらしい。姉の化粧箱から拝借してわざわざ持ってきた。
どうでもいい授業にちょっと遅れることにして、ちゃちゃっと済ませようと思う。
移動教室の前の休み時間。ちょっと腹痛いからトイレ行く先行ってて、と言って逃げてきた。お腹が痛かったのはまじで本当。
トイレの個室で待っている間、なんかもう帰りたくなった。わたしなにしてるんだろうってわけわかんなくなってた。
授業開始のチャイムが鳴ったあと、こっそり教室に戻った。
教室には誰もいない――はずだった。けれどわたしは、そこで不審な人影を見た。
肩まで伸びたまっすぐな黒髪。標準丈のスカートから伸びる長い脚。背中を少し丸めながら、じっと机の角を見下ろしている。
奇妙な光景だった。一体こんなところで何をしているのか。今は間違いなく授業中のはず。背後に立っても、彼女はまったく気づく気配がない。
背中越しに、がり、がりと小さく異音がする。彼女は何かを削っているようだった。不気味なことこの上ない。
どうするか迷った。けれどまさか無視して自分の机に向かうわけにもいかない。
わたしは意を決して、彼女に声をかけた。
それがわたし左藤ひまりの、武内千尋へ対する第一声だった。
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