第66話

温かいスープとともに目覚める朝は最高だ。

ここのダンジョンは思っていたよりも冷える。


テント内で寝て、寝袋にも入っていたというのにかなり体が冷えた。

朝なんて吐いた息が白くなっていた。

息が白くなるのは未熟者だからだ、と博士がマウントを取ってきたが、そんわけあるか。息が白くなるのは寒いからだ。


博士のダンジョンネームを返上してくれ。


「美味しい?」

「うん、このコーンスープ、料理屋さんで食べるのより美味しいかも」

今朝もアイリスさんと瑠璃さんの手料理を食べられるとか、ここはダンジョンに似せた天国かもしれない。


はーはー、ふーふー、ちょっとだけ猫舌の僕は念入りにスープを冷ましながらスプーンで掬った一口を口に運び入れた。


濃厚でとろけるコーンの甘い香りが口いっぱいに広がる。

寝起きでまだ活発じゃない胃腸にも優しそうだ。


「はー、幸せー」

学校をさぼってダンジョンでこんな癒しの瞬間を迎えられるとは。

どんな顔してみんな謝罪しようか。


紙皿や割りばしなどの消費道具はごみ袋に入れて、召喚ゲートリバースを使って本拠地に送っておく。


「よう、陰キャ」

「なんですか?」

ご飯を食べ終わって、準備運動をしている僕にウェズリーさんが声をかけてくる。

なんだ、喧嘩か?

コーンスープと瑠璃さんが握ってくれたおにぎりを食べた僕は最強だぞ。


「お前は俺が絶対に守るからよ。ダンジョンでは傷一つつかないと思え」

「え?あ、はい」

急なデレが来て驚いた。

いや、周りを見れば僕にやたらと視線が注がれている。


あっ!!

それもそうか。

この部隊の補給線は僕だ。


一番大事な仕事と言ってもいい。

その上、昨夜と今朝のこの御馳走だ。


きっと胃袋を掴まれたんだな。

人ってわかりやすいなー。自分のメリットになる、それも根源的な欲求を満たせるとわかった途端、みんなが僕のことを宝石のように扱いだした。


僕が負傷退場したら、その先は念のために持ってきている非常食でこの先食つなぐんだからね。そりゃ、そんな未来は嫌だろう。


あのウェズリーさんでさえも、体を張ってまで僕を守るとか言い出すわけだ。


僕はまだダンジョン経験が浅くて、長期探索の苦労を味わったことがないけど、みんなの飢えたオオカミみたいな表情を見ていると、きっと想像もできないような苦労があるんだろうなと思わされる。


だって一回の探索で数百万、トップ層は一人当たり数千万手に入る仕事だよ?

当然、それだけの苦労はある。


「こんなに快適に眠れたのは初めてだぜ。力がみなぎるぅ!!」

ウェズリーさんが吠えた。

なるほど、思えばこんなしっかりしたテントも普通は持ってこれないよね。


あまりにも重たいし、嵩張る。

いくら魔力量が増えて力が増えたからと言っても、1週間にもわたるダンジョン探索でテントを持ち歩くのは邪魔すぎる。


それに今回のは10人が入れる特大サイズのテントだ。

みんなで体を寄せあったのも暖かく寝られた理由となった。


おっさんと身を寄せ合って寝るなんて最低だが、暖かいのは捨てられない。

こんな寒い中、青龍会の人たちは野宿したのだろうか?


想像しただけで悲惨だ。

こんなのって、勝負にすらならないんじゃ……。


いらぬ心配だな。

相手も大手チームだ。対策なしだなんてありえない。情報はすでにあったし、流石に向こうは向こうで何かしら対策をしているだろう。


テントがあったのは、男女を区別して睡眠をとれたというメリットもある。

女性陣からしたら安心して寝られるだけでもありがたいだろうからな。


その他にもアイリスさんと瑠璃さんから背中を摩られながら、お礼を言われた。

「ありがとうだよ~」

「おおっ、神様や~。あんただけは私が守るからね~」

アイリスさんと瑠璃さんに褒めてもらえるのはめちゃくちゃうれしいけど何だろう?


二人に聞いてみると、恥ずかしがっていたけど、ゲートを通して持ってきた簡易便所がとてもありがたいものだったらしい。

ああ、なるほどね……。


今までどうしていたのかは聞かないでおいた。

世の中知らないほうがいいこともあるよね!!


こうして、僕たちローストーン一行は昨日の疲労を残すことなく、二日目のダンジョン探索を開始した。


二日目、みんなの体の動きが良い。

一日目に見えた気負いと緊張がほぐれているのが分かった。


召喚ゲートで作り上げた補給地点はとんでもなく大きな功績を残すこととなった。

僕たちは今夜ダンジョン6階入り口に辿り付ければいいという予定だったが、なんと最終フロアの7回へと続く階段まで来ていた。


階段下からまがまがしいものを感じる。

すぐにダンジョンボスがいるというわけではないらしいが、それでも異質なものを感じる。


今日はみんなの目に力が宿っていた。

なんだかかつてない勢いを感じるし、姫ぷを味わえた。


僕今日一日、何もしていない!

魔物が出たら後ろに下がるように言われ、魔石回収業務中も休んででいいように言われた。

10分歩くごとに喉が渇いていないか聞かれ、30分ごとにお腹がすいていないか確認された。どんなデブですか?


脚は痛くないか?体に異変はないか?なんど聞かれたことだろう。

僕はそんなに病弱じゃありまえんので、もちろん大丈夫だと答えておいた。


おっオタサーの姫ってこんな気持ちなのかな……。

とても居心地が良いです!

ワイ、オタサーの姫の座を守る、絶対に誰にも渡さない!


事前に聞いていたよりも、多くの魔物駆除チームが残っている。

この調子だと、最後までアイリスさんとバンガスさんを伴っていけそうだ。


いや、二人はずいぶんと戦闘で消耗しているから、無理に来させないほうがいいかもしれない。

ボス手前まで、そこが妥当だろう。


そこからは、僕たち万全のボス攻略チームが力を発揮するところだ。

実際、博士を始めとするボス攻略チームも基本的に姫ぷ状態だ。


道を切り開いて貰い、常に先を急いでいる。

大きなミッションで、チームの今後を左右する占拠戦なので、この行動は合理的で正しいのだが、少し罪悪感も生まれる。


瑠璃さんがご飯の度忙しくしているのも、そういった気遣いからだろう。

やっぱり瑠璃さんっていい奥さんになりそうだよなー。


そんなことを考えながら、地下7階へと続く階段の前で召喚魔法を使った。

二日目の荷物をこの地に呼び寄せる。


僕が一日姫ぷをし、オタサーの姫より姫を指せてもらったいたのは、全てこの瞬間のためだ。


召喚ゲートが開き、用意された荷物が全て届くのを確認した。

「ほっ」

思わず息が漏れた。

これで明日もオタサーの姫の座は守れそうだ。


なるほど、一度なってみてからわかる感情もある。

オタサーの姫の座は最高なのだが、その座は結構危ういものがある。

常にこの座に居座るには、ちゃんとオタクどもに必要とされる存在でなければならない。

僕も今同じだ。


召喚魔法を失敗したらどうしようというドキドキがあった。

立場を守れるとわかった時の安堵。あれを僕は忘れない。


オタサーの姫の隠れた苦労を知り、今日も美味しい夕食にありつく。

今日はハンバーグとパスタの洋風な夕食である。

ブロッコリーとポテトの添えられたハンバーグは僕の大好物だ。

パスタは複数種類選べたので、トマトのミートソースを選んでおいた。


くるくると具材を混ぜまわして、ちゅるちゅるとすする。これがうんまい!

ハンバーグもフォークで切り分け、ぱくり。肉汁が溢れてきて、これまうんまい!


食後にウェズリーさんに肩を揉んでもらい、上下関係をしっかりとわからさせる。

いい一日だった。テントでおっさんたちと引っ付きながら、僕たちは二日目の夜を穏やかな心と、満たされた体、安全な寝床で過ごすことができたのだった。





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