第64話
チーム1での訓練は、役割ごとに分けられて行われた。
僕たちボス攻略チームは、5名で訓練を行う。
スピードとボス攻略が求められる僕たちにかかる負担は大きい。
チームの責任と大きな期待を背負って、陰キャ動きます!
ダンジョンで訓練するかと思われたが、僕たちの訓練は48階のトレーニングルームで行われることとなった。
僕はバンガスさんに言われた個人メニューがあるが、あれは家でもできる。
今は全体練習に専念だ。
魔物駆除チームはダンジョンに向かっていると聞いている。
青龍会の妨害対策チームは49階で相手の分析を行っている。
それぞれに求められるものが違うので、対策はチームごとに大きく異なっていた。
「基礎戦闘訓練。私が相手だ。ウェズリー君、君の魔法は派手だから使わないように」
今日も不健康そうな顔で博士が自信満々に僕たち4人の前に立ちはだかる。
いいの?4対1だけど……。
ウェズリーさん博士を抑えてて!!あなたごと博士を仕留めます!!みたいなこともあり!?
「瑠璃、君は魔法をむしろ積極的に使うように。ここでみんなに君の魔法を披露しなさい」
瑠璃さんの魔法……。
いまだその魔力量しか知らないわけだけど、ボス攻略組に入っている時点でやはり強いんだよね?
魔力量10万って時点で規格外だし。その魔力量に、今や僕も追いついたわけだけど。規格外の陰キャがここに誕生していることに、世界はまだ気づいていない。
陰キャ具合が規格外っていうわけではない。陰キャなのに規格外の強さだ。そこのところ、注意していただきたい。
「みかん、君は魔法を使わないように。私が死にかねない。シロウ君、君は好きにしていい」
なんか僕だけ舐められてない?
みかんさんとやらの扱いの差に驚きだよ!
僕がスペースカットを上手に使いこなせば、博士、あなただって死にますから!
ぼ、僕にはヴァンパイア化も、ぐっぐぐぅ……。
陰キャはいつだって舐められる。そういう宿命だとは知りつつも、一人隠れて痛んだ心を慰めておいた。
博士が大きなスーツケースのもとに向かい、3つのケースをすべて開け放った。
中には折りたたまれた、人形が。
マネキンのような見た目だが、体に負数の関節がある。そして、いかにも堅そうなた素材で出てきた。
なんだ、あれは……。この世のものではないような。
もしや、あれもダンジョンからとれる素材で作られたものだろうか。そんな気がしてきた。
「それでは、かかってきなさい」
「!?」
4対1でずるい戦法を使えると思っていたのだが、人形が立ち上がり、一人一体ずつ対峙する。
まさか、人形と戦えと?
そういえば、これが博士の魔法なんだっけ?
変わった魔法だが、博士の魔力量を考えると侮れない。
「あの人形、博士の分身だと思って。なんなら博士より強いからね!」
それが本当なら、博士本人にはどうやって辿りつけば?
今は味方なのでそんなことを考えなくても良さそうだけど、少し気になった部分ではある。
人形たちが散らばっていく。そして、僕の前には。
「あなたの相手は私がしましょう」
博士本人が来た。
人形のほうが強いとしたら、やはり僕が一番弱いと思われているわけか。
白衣の袖をまくった博士はやる気みたいだが、そのガリガリの体からは強さが想像できない。それは陰キャの僕も同じか。
魔力が支配するこの世界で、見た目で判断するのは愚かしいことだ。
「お願いします」
「来なさい。上手に手加減してあげよう」
駈け出そうとした瞬間、僕は違和感を覚えた。
足元が軽く、少しの勢いでかなり跳ねる。
なんだこれ!?
「ホップ、ステップ、ドーンだよ!!」
隣で、見えない槌で人形を叩き潰すような感じで瑠璃さんが先制打を与えていた。
「私の磁力フィールドを展開しているから、自信もってやって!上手に活用できたら――!」
床と天井にトランポリンが設置されているかのように、瑠璃さんが弾力性のあるジャンプを見せる。
跳ねるスーパーボールのような動きに、人形も翻弄されていた。
あんな動きは到底まねできない。
あれは日々魔法を使っている瑠璃さんだからできる技だろう。
僕はせいぜい、この軽い足元を少しプラスに働かせることができれば十分だ。
再度足元の感覚を確かめて、博士にとびかかった。
しかし、直前で後ろに飛退かれる。すさまじい飛躍だ……。
いや、ちょっと待て。
「瑠璃さん、これ博士にも磁力フィールドが役に立っていませんか?」
「ごめーん、私が個別に指定したら相手の磁力フィールドを重たくできたりするんだけど、今は人形で手一杯!」
それは先に言っておいてほしかった。
メリットかと思われたが、これじゃあ瑠璃さんを知っている博士のほうが有利になりかねない状況だ。
「博士、肩に何かついてませんか?」
「そんな手は私には通じない」
……ダメか。さすがにそんなにあほではなかった。
では、正攻法で行こう。
魔力の差はあるが、最近こちらも実戦経験を積んで悪くない感じだ。
距離を詰めて、博士と組手を交わす。
僕の連打に博士が防戦一方な感じになるが、明らかに手加減してくれているのが分かった。
「やはり聞いていたより強い……。先日私のロボットを壊したときに計測したエネルギーよりもさらに大きくなっている」
「しゃべっていると舌を噛みますよ」
「いや、余裕だから構わないよ」
そうですか。
なら、遠慮なく。
「リバース」
正拳突きをする際に、召喚ゲートを開いた。
リバースと陰キャゲートの応用技。
ゲートに僕の腕を突っ込み、出口を博士の右後方にしてした。
突如後方から現れた僕の拳が、博士の顔面を捉える。
完璧な不意打ち、会心の一撃だった。
「っぐ。いい攻撃だ、シロウ君。その調子で頼む」
大したダメージはなさそうだな。
僕たちには魔力量8万の差がある。
ヴァンパイア化でもしない限り、勝ち目はないけれど、今日は精一杯胸を借りるとしよう。
ここからは、ひたすら殴り合いじゃああああ。
そこから3時間、へとへとになって立ち上がれなくなるまで訓練を行った。
最後に立っていたのは、もちろん博士である。
「ぷはー、きつー」
流石に勝てないや。
でも、いい感じだ。
かつてないほど実戦経験を詰めたし、格上との戦闘ができたのも大きな収穫だ。
ボコボコにされて、顔が試合後のボクサー状態だったけれど、このくらいならよし。彼女もいない僕には実質ノーダメージだ。
「瑠璃とみかんは勝ったか。さすがだ。ウェズリー君とシロウ君は今後もしっかりと励むように」
床に倒れながらあたりを見ると、ボロボロになった人形が2体。
「えっ――!?」
みかんさんと瑠璃さんは勝ったの?
本体のほうが弱いって話は?
「いえい、人形はスペックこそ高いけど、シロウが博士の気を引いててくれたおかげで隙だらけだったよ」
瑠璃さんが解説をしてくれた。
なるほど、ならボコボコにされたのも悪くなかったわけだ。
「あ、ありがとうございます」
眼鏡女子のみかんさんもなぜか僕にお礼を述べてくれた。
僕は自分の訓練をしていただけで、お礼を言われるようなことはしていないけどね。
「どうも、どうも」
一応返事をしておいた。
さてさて、僕は起き上がり、床に倒れたウェズリーに手を貸しに行った。
僕以上に顔を腫らしたウェズリーさんを見て、笑顔が抑えきれない。
「負けたらしいですね」ニチャァ。
「お前、性格悪いぞ」
「ですね。肩貸しますよ。冷たいシャワーを浴びに行きましょう」
「ったく。ガムでも噛むか。何味がいい」
「いりませんけど」
「貰っとけや」
大柄のウェズリーさんを起こして、敗者僕たちはシャワーへと向かった。
魔法の使えなかったウェズリーさんと、博士本人に負けた僕は、大きな学びを得た一日となった。
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