第37話
一本槍を腰に据えて突撃してくる侍みたいなゴブリンの足を引っ掛けて、砂の川に落としてやった。
「……ごめんね」
陰キャに武士道なんてないんだ。
正々堂々と戦うなんて、発想すらない。
これで僕が倒したのは、猫背のゴブリンと武士ゴブリン。
猫背のゴブリンに至っては自分でナンバーツーだと名乗っていたので、大きな戦果ではないだろうか。
ようやく余裕ができて、辺りを広く視界に収めた。
レイザーさんと茜さんのコンビは流石で、未だに無傷。展開する岩魔法を砕けるゴブリンはいないみたいで、確保撃破していた。
対照的に、一番多くゴブリンの亜種を引き受けている彩さんは、華麗なる氷魔法でゴブリンの数を減らし続ける。
少し疲れの色が見えるが、滴る汗は彩さんの美しさをより引き立たせる。色っぽさが5割増しだ。
しんやさんは……ちっ。こっちも順調か。
ゴブリンは3匹を引き受けたしんやさんは、苦戦しているが、それでもゴブリン側の損傷のほうが遥かに大きい。時間の問題だな。炎魔法様様である。
命乞いをするしんやさん。それを見下しながら仕方なくサボに治療させる未来は消えてしまったか。
僕たちのパーティーは優秀だ。
心配するまでもなかった。相手は所詮ゴブリン。やっぱりレイザーさんたちも彩さんも凄い人だ!
なんなら僕が一番苦労したまであるんじゃないか?
サボの治療がなければ、結構やばい出血量だったと思うし。
未だ奥で動かず、退屈そうに僕たちの戦闘を見守るゴブリンクイーンに視線を配った。
レイザーさんから順に値踏みするように一瞥し、順々に見ていく。
最後に僕と視線が合う。
『イチバン、ウマソウナノハ、ヤハリアナタネ』
ぺろりと舌なめずりをした。
ひえっ!ぶるっときた。
マダムに貞操を狙われるチェリーボーイの気分だ。
ごめんなさい!タイプじゃないです!
陰キャごときに振られるのはプライドが許さないだろうけど、陰キャにだって相手を選ぶ権利はあるんだ。僕の初めては彩さんに捧げたいと既に心は決めている。
クイーンは品定め中で動かないらしいので、僕は残りの亜種のせん滅に入った。
猫背のゴブリンのスピードを味わった後だと、どれも動きがあまりにも遅い。
知らない魔法も多いが、発動させてからでも対処できた。
むしろ、僕を成長させてくれている相手だ。戦えば戦うほどに、知識が増え、体の動きが磨かれる。
魔力量はこれからも増え続ける。戦闘経験だけが乏しい僕は、ここで一皮むかせて貰った。
最後のゴブリン亜種を奪った剣で切り裂き、魔石へと戻した。
「……素晴らしい動きだ。これほどの力を秘めていたとは」
「陰キャ、てめー」
僕の戦いが最後だったみたいで、全員の視線がこちらに集中していた。
目立つのは得意じゃないので、そそっと隅に寄っておいた。
「シロウ、ずっと強いとは思っていたけど、今のは流石に驚いたよ」
猫背のゴブリンとはもっと激戦だったけど、それは見られていない。
僕の評価が上がるのは嬉しいけど、注目されると僕には緊張というデバフがかかるので考えものだ。
「何か能力を隠してるみたいね」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないわ。私だって隠してることはあるし。でも徐々に暴いてあげる」
彩さんは僕のことを見据える。
これだけ真っ直ぐ見られたのは、いつ以来だろうか。初めてかもしれない。
「私たちはチームだし、高めあうライバルでもあるでしょ?負けないから」
滅茶苦茶嬉しかった。
ゴブリンとの戦闘の疲労が吹き飛ぶほどの喜びが体を覆う。
彩さんは連君しか見ていないと思っていたから。まさか僕のこともライバルと認めてくれていただなんて。
「僕も負けません。彩さんにも連君にも」
「へえー、言うじゃん」
肘で肩を小突かれた。とても青春の香りがするし、彩さんと触れ合うのはどんな形でも嬉しい。
今のはボディタッチにカウントしておこう。ボディタッチというのは、恋人に発展する者たちが必ず通過する道である。
つまりは、そういうことだ。異論は認めない。
『ヤクニタタナイ、ウゾウムゾウドモ』
素敵な気持ちを、野太い声が包んで消し去った。
まだ脅威は残っていた。青春を楽しんでいる場合じゃない。
「有象無象ってなんだ?」
しんやさんがクイーンの言葉に、ちょっとズレた反応をしていた。帰れ。帰って勉強してこい。高校もしくは、中学からやりなおせ。
『マアヨイ。マタフヤセバイイダケ』
クイーンが立ち上がった。
砂を固めて作った玉座から、初めて動いた。
膝を曲げて、最上段から僕たちの前まで、一気に跳躍する。
「――なっ!?」
凄まじい衝撃波と砂埃をまき散らしながら、クイーンが僕たちの前に立ちはだかる。
目の前に来るとその異様な大きさにも圧倒されるが、なんだ今のスピードは!?
しんやさんの口が相手塞がらないのも、頷ける圧迫感だ。
今にも戦闘が始まりそうな距離感に来て、クイーンは笑っていた。
強者として、僕たちのことを見下している。
明らかに、敵と認識していない者の態度だ。
『ドレカラ、アソボウカ』
「心配しないで。私が遊んであげるから」
『イイワネ』
魔法は既に発動されていた。彩さんが先手を取り、逆氷柱を180度全方向から放った。
クイーンが上に跳躍するが、天井からも氷の氷柱が降り注ぐ。それも特大サイズだ。
躱されることを想定しての攻撃。
彩さんが一本取った――!?
そう思われたが、巨大な氷の氷柱はクイーンの頭に当たると切れに粉砕されて、辺りに氷の破片が飛び散った。
『コンナニ、モロイノ?ヨケナクテ、イイジャナイ』
「言ってくれるじゃん」
彩さんの全力の氷魔法がクイーンを襲う。
これまでのどの氷魔法でも、クイーンを傷つけることは叶わない。
それでも氷魔法の特性で、少しずつクイーンの動きが鈍くなっている気がした。
足元が氷におおわれているし、ダメージとしてはカウントしていないけど、少しずつ冷えが来ているんじゃないか?
冷え性を舐めたらだめだよ。陰キャの9割は冷え性だけど、あれは地味にきついから。体全然動かないから!
圧倒的な氷魔法の前に、レイザーさんとしんやさんは加勢できないでいた。
下手に加勢すると、自らが氷魔法に飲み込まれかねない。
茜さんだけは付与魔法を彩さんに使い続ける。
動きの切れがいいと思っていたが、付与魔法のおかげだったか。
チームのみんなはこのままでいい。
けれど、僕にはまだできることがある。
クイーンの意識はこちらに向いていない。
向いていたとしても、僕は陰キャの中の陰キャ。存在感を消すのは得意中の得意だ。
戦闘に集中している全員の意識外から、僕は姿を消すことに成功した。
彩さんが仕留めてくれればそれに越したことはない。
けれど、僕ができることもある。
相手の秘めている力の底が分からない限り、確実に仕留める!
影に入った僕は、チャンスが訪れるのを待った。
彩さんの氷魔法が最終フロアをほとんど覆い尽くした。
これだけの芸当、一体どれほどの魔法使いができることだろう。滅多にみられない光景に、全体を撮影しておきたかったが、今はそれどころじゃないので却下だ。
『ヒンヤリシテイイワネ』
「そう?これでもまだ同じこと言える?」
不敵な笑みを浮かべた彩さんが、これまで使用したことのない魔法を使った。
『ダイヤモンドダスト』
クイーンの周りにキラキラした透明な氷の粒子が浮遊した。
何かと警戒して触れたクイーンの指から血がスパッと出た。小さな切り傷だが、確かにダメージの通った攻撃だ。
「動けば動くほど、ダイヤモンドダストは切れ味を増すよ。吸い込んだらもっと危ないかも」
動けばダストに斬られ、吸い込めば体の内側から斬られる。
なんていう魔法だ。
彩さんはあれだけのゴブリンと戦いながら、切り札を隠していた。
全てはクイーンを仕留めるために。
自信だけではなかった。
彩さんには確実に勝てる算段があったのだ。
恐ろしい威力の魔法に、僕は自分の出番がなくなる気がしていた。
それはそれで最高の結果だ。出来れば、このままクイーンには倒れて欲しいものだ。
『永久凍土』
「動けばダイヤモンドダストが切り裂く。動かなければ、地面から現れる壊れない氷があなたを包む。チェックメイトね」
息を切らしながら、彩さんが片膝をつく。
おそらく二つの大魔法で、魔力が底をついた。
完璧なコンボだ。動いても、動かなくても詰み。
決着。
クイーンには、どうしようもない。
そのはずだった。
『メンドウネ。アソブノハ、オシマイ』
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