第26話
ラッキーダンジョンの動画だが、今までの動画とは違う伸び方をしていた。
キャロたちのコスプレ動画は投稿後から凄まじい勢いで再生数が増え、それが数日間維持された後に落ち着く。
基本的に僕の動画はそういう伸び方をする。ただし、異世界の下着召喚動画は除くとする。あれは黒歴史だ……。
今回の投稿では投稿時から視聴回数が微妙だった。
離脱率も多い。
やはり今までと傾向が違いすぎたせいで、視聴者層が変わってしまったみたいだ。
しかし、がっかりするには少し早かった。
時間を追うごとに再生数が伸びる。
動画の視聴者層の変遷もあったが、それだけでなくラッキーダンジョンの動画は非常に希少性が高いと投稿後に知った。右肩上がりに視聴数が伸び続けるのは初めて見たかもしれない。
コメントで知ったのだが、こうして長時間ラッキーダンジョンを撮影した動画自体滅多にないらしい。
ラッキーダンジョンは抽選を突破した人たちが死に物狂いでアイテムを発掘しようとするので、動画撮影している余裕などないそうだ。時間制限もあるし、長時間撮影できない制約もある。
なるほど、僕みたいにゆったりと砂漠全体を撮影した映像自体、興味をそそられる人たちがいるのか。
なんか癒し効果で見ている人もいるらしい。景色良かったからね。なんだか、少しわかる。
サボの映像も非常に好まれた。
見たことない魔物は人の興味を強く引き付けるみたいだ。
特に僕と契約する魔物はどれも特殊なので、次はどんな魔物と契約するのか楽しみにしている固定ファンも最近は出てきた。
召喚魔法のファンは一番大事にしなければならないかもしれない。
僕の能力に興味を持ってくれている層なので、今後もずっと視聴してくれる可能性が高い。
ふむふむ。
視聴者さんたちの好み傾向が掴めてきた。
そして登録者数の増え方も掴めてきた。
定期的にコスプレ動画は必要そうだけど、毎回視聴数をぐんと伸ばす必要はなく、定期的に新しい視聴者層の開拓にチャレンジしてみても良さそうだ。
ダンジョン向けの動画へシフトしていっても、視聴者はついてきてくれるんじゃないか。そんな感覚を掴ませてくれる動画となった。
しかもこの動画、なんだか教育的動画に指定されてしまった。
教育的!?
邪な気持ちで、ちょくちょく彩さんを撮影していた映像が教育的!?
いや、彩さんの体と顔の美しさは一種の芸術的要素がある。
歴史に残すべき映像と言えるだろう。
やはり、教育的動画に相応しいね。
この動画に関する問い合わせも多く来た。
ダンジョンの研究にこの映像を譲ってほしいという問い合わせだ。
もっと詳細情報を出して欲しいだな、編集していないバージョンも出して欲しいとの要望もあった。
動画を買い取ります!というメッセージはなんだか怖かったので一旦スルー。
僕が出来そうななのは、編集していないフルの動画をあげるくらいか。
サイズが倍くらいでアップロードにまた苦労してしまった。
「シロウ、あんたまた変なことしてんでしょ!」
下の階から母さんの声が聞こえてきた。
「ごっごめん!すぐに終わると思うから!」
「もうっ。ネットジャンクの動画がリロード状態になってるんだから!」
ひぃー、ごめんよ母ちゃん。
ネット動画がリロードになったらストレスたまるよね。
早くアップロード完了してください。これ以上のリロードは母さんの怒りに触れてしまう。
ハラハラドキドキのアップロードが完了して、ラッキーダンジョンのフル動画投稿も終わった。
再生数には期待していない。ニッチな層への供給だ。母さんに迷惑をかけた以外に手間はかからないので、いくらでも楽しんでくれ。
ダンジョンに行けるような存在になったら、僕の人生大きく変わってしまうんじゃないかなんて考えていたただの陰キャだった頃の僕に伝えたいことがある。
あなたはダンジョンに行けるような人になっても、学校ではただの陰キャです、と。
そう、ダンジョンに行き自己満足できるくらいには活躍して、ラッキーダンジョンという珍しい場所も行けたというのに、僕の学校生活は何も変化がなかった。
何か変わって欲しいわけじゃなかったけど、少しくらいちやほやされるものと思っていたけど、どうやら世界はやはり陰キャにそれほど興味がないらしい。
これが陰キャの定めだろう。
学校中の話題を攫っているのは、連君が華々しいダンジョンデビューを果たしたことと、彩さんも同じ日にダンジョンデビューしたこと。この二つだった。
ぼっ僕もデビューしたんだけど!なんて自己主張ができるわけでもなく、するメリットもなく。
ひっそりこっそりと僕の日常は流れるかと思っていた。
そう思っていたら、放課後、返ろうとして廊下を歩いている時だった。
2年生の女性グループが下駄箱辺りで固まっており、意識がこちらを向いている気がした。
やたらと視線を感じる。
え?僕?
こんな経験したことがないので、なぜ見られているかわからない。
僕のズボン、ファスナーが開いてたりします?
もしくは肩にカラスのうんこで落ちていますか?
「ねえ、ちょっといい?」
うわっ。やはり僕が目当てみたいだ。
本当に声を掛けられると思っていなくて、体が硬直する。
かっかつあげだろうか?
女性でもそういうことするのだろうか。年下の陰キャなら行けると思われたのだろうか。悲しすぎるっぴ!
「動画投稿者のシロウ君って君だよね?」
「あっ」
はい、僕です。と流ちょうに返事をしたかった。
でも、舌がまわってくれなくて。大勢の女性を前にしたことなんてなくて。頭が、体が、あそこは固くなってないけど、いろいろ固くなっちゃって!
「あっ……」
「ふふんっ、かわいいね。動画投稿頑張ってね。ここにいる皆、キャロちゅんの動画大好きだから。応援してるねっ」
「あっ、ああっ、はいっ」
「じゃあまたね、ばいばい」
声をかけてくれたポニーテールの美人な先輩がニコッと笑いながら僕に手を振って、みんなと一緒に帰っていった。
僕は一歩も動けずにその背中を見送った。
ありがとうすら言えずに終わった。
あっとはい、しか言えなかった。
なんというコミュ障。ちくしょう!このポンコツ陰キャめ!僕は自分を罵った。
なにがダンジョンデビューだ!何が動画登録者数万人越えだ!何が特性魔王だ!
僕は!!ただの陰キャだあああああああああ!!
……帰りに『サルでも女性と上手に会話できる凄い方法』という書籍を買っておいた。
今日みたいなシーンに遭遇した際に、僕はスマートにジョークの一つでも返せるかっこいい男になりたい。
陰キャを卒業する必要はない、というか一生卒業できる気はしないけど、せめて女性を笑わせられる陰キャでいたい!!
そう、思う。
電車内で軽く一章を読んでみた。
『一章 これさえ読めばあなたもスラスラと口がまわる』
ほうほう。
ふむふむ。
こっこれは、凄い!なんか凄そうな内容だ!
最寄り駅に着くまでに、僕は一章を読み終えた。
「あのっ、すみません。動画投稿者のシロウさんですよね?間違っていたらすみません」
電車を降りたとき、またもや突如声を掛けられた。
スーツを着た大人の女性だった。化粧が上手な美人さんだった。
香水の良い香りが、先ほどの先輩方を思い出させる。
「あっ、はい」
「ヴァネちゃんの動画をいつもありがとう!私ヴァネちゃん推しで、いつもあの動画を見て夜寝るんです。ご飯も一人で食べてて、寂しい気持ちになった時はヴァネちゃんを見て癒されるんです」
「あっ、ああ……」
「これからも見るので、動画投稿頑張ってください。応援してます!会えてよかったです。せっかくなので、一緒に写真とか良いですか?」
「あっ、はいっ」
お姉さんの言う通り、横並びになって、ガチガチに固まってパシャリとツーショットを撮った。僕の顔は地蔵とさほど違いはないと思われる。
「ありがとうございます!じゃあ、頑張ってね。ばいばい」
「あっ、ああ……」
先ほど買った『サルでも女性と上手に会話できる凄い方法』を駅のゴミ箱に葬り去った。
陰キャの業は、そんなに浅くない!!
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