第6話
またまたフォロワーがとんでもなく増えていた。
朝起きると3本目の動画が7万再生を突破しており、なんと2本目の動画は10万再生を記録していた。
恐ろしいことが起きている。
僕は内心ドキドキが止まらない。穏やかな朝は一瞬にして消えていた。
チャンネル登録者とSNSのフォロワーがあわせて3000人を超しているのもあり得ない体験だった。夜までにはもっと増えているんじゃないだろうか。そんな気がした。
キャロの動画を上げれば入れ食い状態だ。
やはりコメントの8割がキャロ関連のことばかりで、肝心の召喚魔法に関してはもうどうでもいいこと扱いをされている。
喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。
いや、当然喜ぶけど。
だって、もともと見てもらうことを目的に始めた召喚魔法講座である。多少意図していたものと違う方面で人気が出ても、結果オーライである。
リアルタイムで登録者が増えている。なんだか再生数よりもこちらの方が嬉しいかもしれない。新しく動画を投稿したらこの人たちに通知が行くのか。
なんとも嬉しい機能だ。
そんな感じでずっとスマホでマイページを見ていたいのだけど、学校の時間が迫っていた。
朝ごはんを手軽に済ませて、僕は学校へと走って向かった。
息がきれるものの、以前とは比べ物にならない程体力がついた。
学校に思ったよりも早めにたどり着き、校門前で連君に遭遇した。
この学校でもっとも魔力の高い人だ。
そして昨日、ヒーローのごとく僕と女子生徒を助けてくれた人でもある。
「あ、あの、おはよう」
「……おう」
なんだか少し間が開いていた。
もしかして、僕のことを覚えていないのかもしれない。昨日あんなことがあったというのに!!
助けてくれるって言ったのに!
モブの陰キャなんて一日で忘れさられちゃったらしい。
目の前で頼みの綱がきれた、そんな幻が見えた気がした。
落ち込みながら入った教室で、一瞬で違和感を感じた。
ライガー君からの明確な敵意の視線。それだけならまだましだったかもしれない。陽キャグループ全体から舐めつけるような視線を感じたのだ。
終わった。
僕の学校生活は終わりを遂げた。
死にました。
蛇に睨まれた蛙のごとく、この日はほとんど動けずにひっそりと生活した。
心の底から反省している。
だから、どうか見逃してはくれまいか。
僕のそんな切実な願いは伝わることなく、放課後が始まると同時に囲まれてしまった。
光が遮られ、僕の視界周りが暗くなってくる。
人の壁が作られていた。
ライオンに囲まれたガゼルはこんな気分なのだろうか。
次からは、もっとリアルな気分で野生の動画を見られそうである。
「おい、ハエ野郎。黙って帰れるとは思ってねーよな?」
「……ぎああああああああああああああああああああ」
何を思ったか、僕は叫んでこの場をしのごうとした。
人はあまりに予想外の行動をされると驚いて逃げ出すことがあるらしい。
けれど、予想していたものとは違い、鋭い拳が僕の顔を殴りつけた。
「うっせーよ。ビックリしただろが」
驚いてはくれていたみたい。
僕の行動は全く無駄ではなかったらしい。むしろ火に油を注いだ方面で無駄ではなかった。つまり余計なことをしてしまったわけだ。
殴られた頬は……妙に痛くない。たしかライオンに殺される間際のガゼルは痛みを感じないと聞いたことがある。きっと僕もそれだと思う。
これから死ぬから痛みを感じないのだ。
「黙って屋上に来いよ。おら」
囲まれているので逃げ出せるわけもなく、後ろから背中を押されながら屋上へと連れていかれた。
僕が連れて行かれるのは、クラスメイトたちも見ていた。
けれど、クラスで三番目に魔力の多いライガー君に逆らおうという気概のある人なんていない。しかも相手は一人ではなく、陽キャグループがセットだ。
いつも親しくしているクラスメイトとも目があった。
――すんごいスペードで目を逸らされてしまった。
くっ、僕たちの仲は所詮その程度だったか。
殴られたらどんな感じなのだろうか。
先ほどはたまたま痛くなかったけど、すんごい苦しみが待っているかもしれない。
喧嘩なんてまともにしたこともない。
そう思うと、横腹が先に痛くなってきてしまった。緊張で。
「うっ」
「おらっ、さっさとあるけよ」
ライガー君を先頭に屋上へと辿り着いてしまった。
端にあるフェンスまで押し込まれる。
がしゃんと鉄の網が揺れる音がした。
「お前さ、なんで俺の邪魔してくれてんの?おかげでアヤカとデートできなかったし、連のやつにも目をつけられちまったしよ」
「ご、ごめん」
「ごめんで済む分けねーよな?」
グッと顔を近づけられて、その直後に無防備の腹に拳を叩き込まれた。
「ぶっ」
口の中から変な液体が漏れた。
続けざまに顔を殴られて、足を払われてその場に転がされる。
頭を踏みつけられて、ぐっと力をいれられた。
ガムとか踏んでいないよね?
「こんなもんで済むと思うなよ。まあ、魔力12000の俺がこれ以上やると死んじまうかもしれないからよぉ、お前らやっちゃえよ」
ライガー君の足がどいたが、陽キャグループが迫ってきて、袋叩きにされた。
身を縮めて守りを固める僕の思考は、妙にクールだった。
あまり痛みを感じないのだ。
最初にライガー君の不意の一撃以外あまりダメージらしいダメージを感じない。
なんだろうこれ。やはり死にかけのガゼルは痛みを感じないのだろうか。
袋叩きにされること数分。なぜか陽キャグループが息を切らせて、苦しそうにしていた。
「はあ、はあ、はあ、ライガー君、こんなもんでしょ」
「ああ、そうだな。身の程を知っただろ、あめんぼ野郎も」
「統一感を頼む。あっ」
口に出して突っ込んでしまった。
僕の呼び方が何種類にも変化するから、ついつい言ってしまった。
「てめー、このくらいにしてやろうと思ったが、まだこりてねーみたいだな」
ライガー君が近づいてきて、倒れている僕の髪を掴んだ。
「明日から金持ってこいよ。毎週1万俺におさめろ。いいな?持ってこれなきゃ、今日とおなじめにあわす」
1万!?そんなの高校生の僕に用意できるはずもない。しかも毎週だと?
思わず立ち上って、ライガー君の腕を振り払った。
「そんなの無理です。千円にしてください。それならギリギリ払えるかも」
「な、なんだてめ……」
ライガー君が少し戸惑っていた。
値段交渉に戸惑ったわけではないことがすぐに分かった。
後ろの陽キャグループのみんなの反応でも分かった。
あれ?僕、今どうやってライガー君の手を払った?
髪を掴まれていたはずだけど。
僕とライガー君の魔力は2000近く差がある。
これは結構絶望的な差だ。
僕が巧みに魔法を使って、彼の不意を突いても勝てないかもしれない差。
それを、今、簡単に手を振り払ってしまった。
全員が驚き、少しばかりの静寂が流れる。
驚き固まる屋上の陽キャグループたちの頭上に、突如黒いゲートが開いた。
そこから少し様子の変わったキャロが飛び出てくる。
僕の異変に気付いて駆けつけてくれたみたいだ。いつもみたいに胸元に飛び込んでくる。
けれど、どうしたんだこれ。
「キャロ!おまえ、なんかめちゃくちゃフワフワしてないか?」
もともとは小さな子ネコサイズだったのに、今は中型犬くらいのサイズがあり、白い神秘的な毛もふもふもっとボリュームアップしていた。
とてもかわいくて、毛の感触が気持ちいのだが、今はそれどころじゃないことを思い出す。
「キャロ、あぶないから魔界に帰りな。ここはいいから」
『帰らないよ。シロウが危ないのに、私が去るわけにはいかないよ』
「お前、話せたのか!?」
いつもは小動物のごとく可愛らしく鳴く程度だったのに、明確に人の声で話した。
魔物だから何が起きても不思議はないのかもしれないが、キャロはそういうことができないものとばかり思っていた。
『シロウの魔力が成長したから、私も成長したみたい。今、凄く力が溢れてくるよ。あいつら焼き殺してもいいかな?』
なんだか物騒なことをおっしゃる。
魔法は学校で禁じられている。
そしてようやく法律の整備も追いついてきたが、魔法で他人を傷つけるのは重罪だ。キャロがほんとうにそんなことが出来て、彼らを焼き殺してしまったら、僕は一生刑務所の中かもしれない。
「ダメだよ。ここは僕が何とかするから、キャロは後ろに」
『ふぅーん、それがいいかもね。てか、なんでシロウはやられっぱなしなの?』
なんでって、相手はトラックに轢かれても無傷な化け物だぞ。
変に抵抗したらどんな目に遭うか。
「先に魔法を使ったのはてめーだぞ」
少し雰囲気の変わったライガー君が笑いながら睨みつけてくる。殺意を感じた。
「くっははは、いい機会だぜ。くらいやがれ、俺のファイヤーナックル!!」
禁止されている魔法を拳に纏い、ライガー君が駆け寄ってきた。
やらなければ、やられる!
バスケットボールのときも感じたが、集中して彼の挙動を見ていると、なんだかゆっくりに見えてくる。
『シロウ、あんまり全力で殴っちゃダメだよ。軽く、カウンターでも食らわせちゃいな』
後ろから聞こえてきた声に任せて、体を動かせてみた。
遅すぎるライガー君の拳を交わす。
顔の隣を炎の拳が通り過ぎる。少し熱かったが、なんともない。
拳が外れて少しバランスを崩したライガー君の顔がスキだらけだった。そこに軽く左の拳で殴りつけた。
殴りつけたというより、拳を前に突き出しただけ、と表現した方が正しいかもしれない。
拳が当たった瞬間、ライガー君が吹き飛び、屋上のフェンスを飛び越えて地上まで落ちてしまった。
「あっ」
3階建てから落ちたけど、大丈夫だろうか……。
トラックに轢かれても大丈夫な人なので、大丈夫な気はする。
「な、なんだこれ」
なんだこの馬鹿力は。
僕の魔力がいつの間にかすんごいことになってしまっていた。
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