第8話 お兄ちゃんと私

「じゃあ、明日も五時に起きるからもう寝るよ。おやすみなさい」


 嵐のようなプレゼント攻撃が終わった後、おやすみの挨拶とともにお兄ちゃんは自分の部屋へと入って行った。


「お母さん、京都土産の代わりが五百万円のマジックポーチだってさ。お兄ちゃんの感覚って絶対におかしいよね。こんなもの貰っていいのかな?」

「麟瞳も言ってたけど、綾芽も探索者になるんだからそれがあった方が便利なんだろ。しっかりと使って喜んでいる姿を見せれば麟瞳も嬉しいだろ。私もイヤリングなんか綾芽の高校の入学式からしてないけど、付けてないと麟瞳が気にしそうだし毎日付けることにするよ。まあ、付けていると健康になるらしいからありがたいけどね」


 私もおやすみの挨拶をした後に自分の部屋へと戻ってきたが、まだ興奮して眠れそうにない。


 私とお兄ちゃんは昔から仲が良かった。というよりも小さい頃は私がいつもお兄ちゃんの後を追いかけて、迷惑をかけてばかりいたように記憶している。小学校に入学してから外で遊ぶことを許された私は、お兄ちゃんが友達と遊ぶ時に何処にでもついて行った。五つ歳の離れた兄妹だから、私が小学校一年生の時にお兄ちゃんは六年生である。お兄ちゃんにとってはさぞ足手まといだっただろう。実際に遊び疲れた私は、よくお兄ちゃんにおんぶされて家に帰っていた。「ゴメンね」と謝ると、いつも「謝らなくていいよ、僕は綾芽のお兄ちゃんだからね」と言ってくれていた。


 お兄ちゃんは中学生になると冒険部に入って、家に帰ってくるのが遅くなった。冒険部はお兄ちゃんが入学する二年前に将来探索者になりたいと思った有志によって創部されたらしい。このころからお兄ちゃんは探索者になることを決めていたようだ。お兄ちゃんの帰りが遅くなり、外で一緒に遊ぶことはなくなったが、家では毎日楽しく話をしてくれた。


 お兄ちゃんは中学三年生の時の誕生日に【点滴穿石】というギフトを授かった。


 当時はBランクダンジョンが立て続けに完全攻略され、Aランクの探索者が一気に増えて明るいダンジョン関連のニュースで溢れていた。


 日本で一番最初にBランクダンジョンを完全攻略したのは【一騎当千】というギフトを持った加納創一かのうそういちさんがリーダーのパーティだった。それに続くように、【唯一無二】の黒澤世那くろさわせなさんをリーダーとするパーティ、【用意周到】の赤峯美紅あかみねみくさんをリーダーとするパーティがBランクダンジョンを完全攻略するニュースが流れた。


 Bランクダンジョンを完全攻略したパーティのリーダー全員が四字熟語ギフトの所持者だったこともあり、世間では四字熟語ギフトをユニークギフトと呼ぶようになった。


 【点滴穿石】というユニークギフトを授かったお兄ちゃん自身はあまり嬉しそうにしていなかったが、親戚のおじさんとおばさんは甥っ子が四字熟語ユニークギフトを授かったことで盛り上がり、お兄ちゃんに国立ダンジョン高校への進学を勧めていた。


 お兄ちゃんは探索者になることを目標にしていたこともあって、最終的に京都の国立ダンジョン高校へ進学した。


 お兄ちゃんが京都に行ってから、家の中がずいぶんと静かになった。お盆も正月もお兄ちゃんは家に帰ってくることはなかった。家には帰ってこなかったが、連絡が途切れたわけではない。一週間に一度は電話で話をして、どんなダンジョンを探索しているのかなど近況を教えてくれていた。


 私も中学生になると冒険部に入り、薙刀の稽古をするようになった。将来お兄ちゃんと同じように探索者になることを夢見ていた。小学一年生の時にお兄ちゃんに迷惑ばかりかけていたので、お兄ちゃんと外で遊ばなくなった後も走り回って体力を付けようと意識していた。部活も真剣に取り組んだことも良かったのか、私は十五歳の誕生日に【身体強化】のギフトを授かった。ユニークギフトではなかったけれど、お兄ちゃんも探索者にとっては最高に役立つギフトだろうと喜んでくれた。そして地元岡山の県立ダンジョン高校に進学した。


 高校に進学すると、気の合う仲間とパーティを組むことが出来て、二年生の時にEランクダンジョンを完全攻略することができた。電話でお兄ちゃんに報告すると大変喜んでくれた。すぐにDランクダンジョンに挑戦せずに、他のEランクダンジョンを幾つか完全攻略してからDランクダンジョンに挑戦するようにアドバイスをしてもらった。


 高校三年生になり、将来はプロの探索者になろうとパーティの皆で決め、夏休みになってから、いよいよDランクダンジョンに挑戦することにした。


 七月になり、突然お兄ちゃんが家に帰ってきた。久しぶりに見るお兄ちゃんは背も高くなって随分と大人になっていた。しかも当分の間、家にいるそうである。パーティを追放してくれた皆さんには感謝しなくてはならない。早速Dランクダンジョンに一緒に行ってもらうように約束を取り付けた。


 これは大きいチャンスだ。小学一年生の時は足手まといだったが、今度はそうならないようについて行かねばなるまい。もう一度お兄ちゃんの後を追いかけられるように頑張らないとね。


 まだ眠くならない。明日はちゃんと五時前に起きられるかな?部屋の中の物をお兄ちゃんから貰ったマジックポーチに収納しながら、眠くなるのを待とう。早く明日にならないかな!

 

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