第4話 閉塞感

ドクドクと激しい鼓動が胸を伝う。大野は胸に手をあて、必死に深呼吸を繰り返す。


電車の窓からは、見慣れた景色が流れ込んでくる。通勤時、いつも何気なく見ていた景色が、今日はいつもよりゆっくりと流れていく感じがしていた。


3分ほどで次の駅に到着するのに、それすら待てないほど苦しさに溢れていた。


電車は高架を走り、スピードを上げていく。大野の周囲に乗客はほとんどおらず、苦しむ大野を気にする人はいない。


大野には、不幸中の幸いともいえる状況だった。誰かが善意で声をかけてくれたとしても、この状況が改善するとは思えなかった。


もし、電車を止めてくれたとしても、他のお客さんに迷惑をかけることになる。電車のダイヤも乱し、損害賠償請求されるかもしれない。


大野は必死に酸素を吸うことだけに集中し、ひたすら3分間耐えるしかなかった。


高架を走る電車は徐々に減速を始めた。窓には、オレンジ色の自動車販売店が見える。


「よかった・・」


大野は少し気が楽になった。この自動車販売店が見えると、電車はまもなくS駅に到着する。大野がいつも降車するK駅の手前の駅で、小さい無人駅である。


駅の近くに公立高校があり、いつも真面目そうな雰囲気をした学生が、次々に降りていく。そんな光景を思い浮かべていたら、ようやく電車がS駅に到着した。


変わらず心臓は激しく鼓動を続け、息苦しい。汗はとまらず、唾を飲みこむことさえ一苦労。


ガチャッと大きな音を鳴らし、電車の扉が開いた。大野は腰を折り曲げ、よろめきながらS駅のホームに降りた。激しい鼓動が収まらない以上、電車の中にいることは不可能だった。


初めてS駅で降車した。大野はホームの真ん中にある3人掛けのベンチに腰をかけると、涙が止まらなかった。


今まで、なにも感じることなく電車に乗っていたのに、これほど電車に乗ることに苦労するとは。ひょっとしたら病気なんじゃないか。


大野は自分自身へのふがいなさから、声をださず涙を流し続けた。


気づけば激しい鼓動は収まり、涙だけが止まらなかった。


どうしたんだろう、俺。


大野はうつむき、立ち上がる気力さえ湧かなかった。


他人から見れば、仕事休みの若者。しかし、大野の心は電車に乗れない恐怖で溢れていた。


まるでカメレオン。大野はこの先どうなってしまうのか、不安で髪をかきむしった。



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カメレオン 氣嶌竜 @yasugons

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