11.無自覚ストロベリーパフェ

「いやあ、新作も大変面白かったです! 終盤、佐久間先生にしては爽やかなラストだなと思って読み進めてたんですが、最後の一文で死ぬほど嫌な気分にさせられて! この鬼! 悪魔! 邪悪の権化! ほんと先生は、読者を地獄に突き落とす天才ですね!」

「……それ、褒めてるのか?」


 大和の熱弁に眉を寄せた佐久間は、苺がこれでもかとばかりに盛られたパフェの山を楽しそうに崩している。若い女性やカップルでひしめく店内の中で、向き合って物騒な小説の話をしているアラサーの男二人は、あまりにも不釣り合いだった。


 待ち望んでいた佐久間諒の新作は、先週無事脱稿した。締切3日前に音信不通になり、自宅マンションからも姿を消したときには、このままここで首を吊ってやろうかとも思ったものだが。日付が変わる10分前に、無事に原稿データが送られてきた。

 締切に間に合わないなら間に合わないで、その旨を早めに連絡してほしいのだが、佐久間はいつもギリギリまで進捗を教えてくれない。「一日で10万文字かけるときもあるし、一ヶ月で3文字も書けないときもあるのだから、先のことなんてわからない」というのが本人の弁だ。本当ならば、一緒に仕事をしたくないタイプの人間である。

 しかし、その面倒を補って余りあるほどに、佐久間の書くものは面白い。大学時代に彼の作品に出会って以来、大和はずっと彼のファンだった。卒業後出版社に入り、佐久間の担当編集になれたときは、天にも昇る心地だった。

 ……まあ、有頂天だったのはそのひとときだけで。それ以来大和は、傍若無人な男に振り回され続けているのだが。

 しかしどんな苦しみも、佐久間諒の作品をいの一番に読めるという喜びには変えられない。新作も売れるといいな、と大和は思う。


「校正はこれからですし、また細かい点は修正をお願いするかもしれませんが、おおむね問題ないと思います。次回作も! ぜひ! よろしくお願いします」

「ひとつ締切を片付けたと思ったら、また次の締切が現れるのは何故なんだろうな。……仕事があるのは良いことだが」


 佐久間はそう言って、眩いほどにツヤツヤの苺をフォークに突き刺す。

 18歳で新人賞を獲って鮮烈にデビューした彼は、二作目以降なかなか売れない下積み時代が長かった。ここ数年でようやく日の目を見るようになったが、本当ならばもっと評価されるべき作家であると大和は思う。


「そういえば、先生もそろそろデビュー10周年ですね。お祝いしましょうか」

「それなら、リッツカールトンのアフタヌーンティーがいい」


 迷わず即答した佐久間に、大和は苦笑した。やはりブレない男である。

 今日の打ち合わせも、佐久間の方から「パフェが食べたい」と指定があった。3000円のパフェは経費で落とすため何の問題もないが、彼と会うたびに甘いものを食べる羽目になるのは少々うんざりしている。現に佐久間の担当になってから、大和は3キロ太った。


「いや、普通に飲み行きましょうよ……そうだ。アフタヌーンティー、例のお隣さんと行ったらどうです?」

「はあ? どうして彼女の話になるんだ」

「だって、こないだデートしたんでしょ? どうでした?」


 大和が前のめりで尋ねると、佐久間はげんなりしたように表情を歪めた。パフェの底にあるストロベリームースを掬って、「デートじゃない」と吐き捨てる。


 先日佐久間の部屋に行ったときに遭遇したのは、大和と同世代ぐらいの若い女性だった。茶色のふわふわとしたロングヘアに、小動物のようなくりっとした瞳が可愛らしく、どこか「守ってあげたい」風情があった。てっきり佐久間の恋人なのかと思ったが、手作り菓子のお裾分けをしてもらっているだけの、ただの隣人だという。


(いや、絶対それだけじゃねえだろ!)


 大和に対しては気遣いの欠片も見せない佐久間が、可愛らしい隣人に対してはどこか柔らかな雰囲気を醸し出している。並んで座っている二人を見たそのとき、大和はピンときたのだ。これは「不器用な大人たちの、じれじれお隣さんラブコメ」なのだと。

 変わり者の担当作家と可愛いお隣さんとのあいだに、大和はラブコメの波動をひしひしと感じていた。古今東西、ひねくれ男を変えるのは天真爛漫なヒロインだと相場が決まっているのだ。


「……二人で焼き菓子店に行ったあと、部屋に戻ってバターサンドを食べただけだ」

「えーっ、もっと他にイベントないんですか! 彼女がナンパされて助けてあげたとか、普段と違う格好にドキッとかそういうの! そういうのもっとください! 大人の純愛でしか得られない栄養があるんです!」

「はあ。なんなんだ、それは……他人の色恋沙汰をエンタメ消費するな。そもそも、彼女とはそういう関係じゃないと言っただろう」

「でも先生が自分から女のひと部屋に連れ込むなんて、今までなかったじゃないですか」

「連れ込む、とは人聞きが悪いな。向こうが勝手に押しかけてきただけだ」

 

 大和と佐久間との付き合いは五年になるが、これまで佐久間に女の影がまったくなかった。性格には大いに問題があるものの、きちんとしていれば見てくれは悪くないし、きっとモテるだろうに。やはり性格が足を引っ張っているのだろうか。


「……別に、彼女が特別なわけじゃない。美味そうなアプリコットタルトを持ってやって来たら、俺は指名手配犯でも部屋に招き入れるぞ」


 そんなバカなと笑い飛ばそうとして、先生ならやりかねないな、と思い直して真顔になった。丁重におもてなしして、紅茶のひとつでも淹れそうだ。


(……いや、それでも。あの子に対する態度は、なんっか違う気がするんですけどねえ)


 彼女への執着は、本当に単なるお菓子への愛だけなのか。それとも、他の何かがあるのか。それはきっと、ストロベリーパフェを食べている佐久間本人も、よくわかっていないのだろう。


「……まあ、今後の展開に期待ということで」

 

 まだまだ、慌てるような時間ではない。大和は恋愛感情の自覚に10万文字かかるような、焦れったい恋愛模様が好きなのだ。

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