リーリエに会いたい②
「お義姉様がどうお過ごしになっているか、ミアは知っている?」
――これが、ミアが苦虫を噛み潰したような顔になってしまった原因の質問だが……。
「……ミア?どうかした?」
「あ、いえ……。そうですね。リーリエ様付きの侍女から報告は受けています」
慌てたように笑顔を取り繕ったミアが、持ち手の付いた手桶を使って泡を流し始めた。
大した質問ではなかったはずなのに、どうしてそんな顔をするのか……。
私は内心で首を傾げる。
「お義姉様には誰が付いたの?」
「執事長とも話をして、ケイトを専属にしました。その他に数名の侍女をケイトのサポートに当たらせます」
「そう。ケイトなら安心ね」
ケイトもミアと同じ頃から邸に仕えてくれているベテランの侍女である。
明るくて穏やかな彼女ならば、貴族社会に不慣れなリーリエのフォローができるだけでなく、子育て経験者でもあるので、リーリエに子供ができても頼りになるはずだ。
その他にミアが名前を挙げた侍女も人格者達ばかりだったので、一先ず安心した。
通常、公爵家の使用人ともなれば、身元のしっかりした下級貴族の子息令嬢が多く、中には貴賤意識の強い者が一定数いる。
リーリエは、この世界で尊い存在である【聖なる乙女】だが、その出生は平民だ。
私の知りうる限りでは、フォレスト公爵家の使用人達は常識的な者が多く、貴賤意識の強い者が少ない印象だが、リーリエに悪意を持つ者がいないとは言い切れない。
問題のある侍女をうっかりとリーリエに付けでもしたら――――怒り狂うルークの姿が容易に想像できる。首が飛ぶ。物理的に……。
浴槽から出た私は、ミアが手に持っている真っ白の大きなバスタオルで包み込まれた。
まずは頭、その次は全身と、余分な水分をタオルに染み込ませるように拭われていく。
エリンサイズのバスローブに袖を通し、まだ濡れた髪をタオルで纏め上げられた私は、本題を口にすることにした。
「お義姉様にお会いしたいのだけど、ケイトに言付けてもらえる?」
「本日……ですか?」
「ええ、今日が良いわ」
「それは難しいかもしれません」
大きく頷く私を見ながら、ミアは深いため息を付きながら首を横に振った。
「難しいって……何かあったの?」
「何かがあったのかと言われると、あったとも言えますが……」
歯切れの悪いミアに両肩を押され、促されるようにして部屋に戻って、ドレッサーの前に座った私は、またしてもミアが微妙な表情になっていることに気付く。
「ねえ、はっきり言って頂戴。お義姉様はお体の調子でも悪いの?……あ、もしかして、ここでの生活に慣れていない状態で、私に聖なるお力を使われたから……?」
これなら当事者の私には言い辛いだろう。
ミアが微妙な表情なのにも頷ける。
でも、それならそうとはっきり言って欲しい。
それこそリーリエに会いに行くための大義名分になるのだから――
「違います」
「ふぇ……?」
毅然とした態度でミアがそう断言するから、思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「…………違うの?」
軽く咳払いをしてから、気を取り直して聞き返すと、ミアは『違います』と言いながら首を振ってから、
「詳しい事情を私めの口からお嬢様にお伝えすることは
鏡越しに私を見つめながら、キッパリとそう言い切ったのだ。
――ここで、私は全てを察した。
鏡に映る私の顔が、先ほどのミアと同じく苦虫を噛み潰したような表情になる。
加害者はルークで、リーリエは被害者。
小説の中で赤裸々な描写こそなかったが、ルークがエリンを度々抱き潰したというような描写があった。
妹が寝込んでいて身動きの取れない時に、執着系の兄はここぞとばかりにやらかしたのだろう。
その結果、リーリエはベッドから起き上がれずにいる……と。
「……ミア」
「はい」
「予定を変えるわ。『お義姉様のお陰でエリンは無事に回復いたしました。後日、お礼のお茶の席を用意させていただきます』という言付けと一緒に、お義姉様の好きな花を届けるように、ケイトに伝えて」
「かしこまりました」
着替えを終えた私は、脱力するようにソファに座った。
「温かい紅茶をお持ちしますか?」
「うん。ミルクと砂糖をたっぷりお願い」
「すぐにお持ちいたしますね」
私が何かを察したと気付いたミアは、腰を深く折って頭を下げると、余計なことを言わずに部屋を出て行った。
パタンと静かに扉が閉まる音を聞いた私は、ズキズキと痛み出したこめかみを押さえながら……
エリンを悪者にさせたのは、ルークのそういうところだよ!?
心の中で思い切り叫んだ。
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