リーリエに会いたい①

リーリエへの攻撃的な内容の日記と、リーリエを拒絶しての階段落下&聖なる乙女の力の酷使。

――たった数日間の内に、やらかしてしまった失態の数々……。

やってしまったことは今更どうにもならないが、これらをフラグにしないようにするためにできることがある。

そのためにやるべきことは『リーリエとの関係の向上』ではないか?と、わたくしは考えた。


小説のエリンは、ルークの溺愛を一身に受けるリーリエへの嫉妬心から嫌がらせを始め、その行為がエスカレートしすぎた結果――最悪な状況で命を落とした。


今のエリンは、小説のように『お兄様がこの世の全て!』な妹ではないし、リーリエを疎ましくは思っておらず、どちらかといえば同情的である。

他にも選べる相手がいたはずなのに、どうして一番面倒くさいルークを選んだの?と素朴な質問をしてみたい。

執着系のヤンデレ兄なんかよりも、綺麗で優しいリーリエと仲良くなりたい!

死亡ルートを回避して、幸せなヒロインの姿を目に焼き付けたい……!!


――そう考えたのに。

肝心のリーリエに会えないまま、階段から落ちたあの日から四日が経過していた。


階段から落ちたことと、前世の記憶を思い出したことが、まだ子供の私の身体に負担を与えてしまったようで、熱を出して寝込んでしまったのだ。


今日になって漸く、ベッドから起き上がる許可が下りたのだが……私が寝込んでいる間、リーリエは一度もお見舞いには来てくれなかった。

熱でうなされていた私を気遣ってくれたのかもしれないのだけど、来てくれるかも?と期待していただけにショックだった。


「『またお話しましょう』って言っていたのに……」

ポツリ呟くと――

「え?」

驚いたような声が聞こえた。


……しまった。

そーっと目を開けると、私の専属侍女であるミアが驚いたようにパチパチと緑色の瞳を瞬かせている。


――私は現在、四日振りの湯浴みの真っ最中で、浴槽の縁に乗せた頭をミアに洗ってもらっていたのだ。

寝込んでいる間も毎日身体は拭いてもらっていたが、温かいお湯の浴槽に身体を沈め、たっぷりの泡で揉み込むように頭を洗われる心地良さといったら……。

つい自分の置かれている状況を忘れて、ぼんやりしていた。


「……もしかして、痛かったですか?」

「んーん、大丈夫。すごく気持ち良い」

「それなら良かったですわ」

フルフルと首を横に振ると、ミアはふわりとした微笑みを浮かべた。

私が瞼を閉じるのと同時に、ゆっくりとした手の動きが再開される。


「こうして……いつものように、お嬢様のお世話をすることができて、ミアは嬉しいです。あの時は本当に心臓が止まるかと思いましたよ」

階段を落ちる時に聞こえた悲鳴の中に、ミアのものも含まれていたらしい。


「心配かけてごめんなさい」

ミアが心の底から心配してくれていると分かっていから、素直に謝る。


「お嬢様が、あのお方を好ましく思っていなかったことは、初めから存じ上げていましたが、せめて周りをよく見てから行動して下さいませ」


瞬時に周りを見れるほどに冷静になれたなら、階段から落ちたりはしない。気を付けていても落ちる時は落ちる。

……だが、そこを突っ込むと、更にお小言が増えそうなので黙っておく。


前世の記憶を思い出す前の私は、リーリエを良く思っていなかったことを誰にも言っていなかった。

表面上は何とか取り繕って我慢して、秘密の日記帳にだけ抑えきれない気持ちを閉じ込めていた。

まあ、それもすぐに爆発してしまったのだけど……。


「気付かれていたことが、そんなに意外ですか?」


私はよほど複雑そうな顔をしていたのだろう。

ミアは悪戯が成功した子供のように楽しそうにクスクスと笑った後に、人差し指を口元に当てて片目を瞑ってみせた。


「このミア。お嬢様のことなら、何でもお見通しですよ?」


……ミアには敵わない。


私と親子ほどに年の離れたミアは、ルークとエリンの乳母を務めた女性であり、乳母が必要なくなった後は、私の専属侍女兼、邸の筆頭侍女として仕えてくれている有能な人物だ。


「セシリア様の亡き後、この身に代えてでもお守りすると誓ったエリン様に何かあったら、天国からお嬢様の幸せを願っていらっしゃるセシリア様に、ミアは二度と顔向けできません。何とお詫びをすれば良いのか……」

「……これからはちゃんと気を付けるから」


『セシリア』とは、エリンがもっと幼い頃に亡くなった母の名前である。

ミアはセシリアの乳母を務めた人の娘で、二人は年が近かったこともあり、実の姉妹のように仲良く育ったそうだ。


母が公爵家に嫁ぐことになった時も、ミアは迷わず専属侍女として同行することを決めた。

一生涯を母に捧げる覚悟だったミアだが、公爵家でまさかの運命の出逢いをし、大恋愛の果てに結婚することになるとは思いもしなかったそうだ。

二人はどれだけ仲良しだったのか……一人目と二人目の妊娠時期もほぼ一緒だったこともあり、ミアは乳母を買って出てくれたのだ。


いつも側にいてくれて、亡くなった母の代わりにエリンを支え続けてくれているミアは、エリンにとって第二の母とも言える存在だ。


「大体、旦那様も旦那様です。突然お帰りになったかと思いきや、まだ家族の恋しい時期のお嬢様の気持ちも考えず……」


ミアの意見には同意しかない。

ルークがせめて後少しだけでもエリンの気持ちをおもんばかってくれていたら、妹は道を外さずに済んだはずだ。


『エリンが悪役妹になったのは、溺愛していたはずの妹を蔑ろにして、ヒロインしか目に入らなくなったお兄様が原因ですよね!?』と、ルーク本人に向かって声を大にして言いたい。


「中身はまだまだ子供なのに、身体ばかりどんどん大きくなって」


うんうん。


「無口で、無愛想で、何を考えているのか分からなくて」


うんうん。


「久し振りにまともに顔を合わせれば『母さんも老けたな』……とか、しみじとしながら人の顔を見たりして!」


う……ん?


「あの可愛げがないところは、一体誰に似たのかしら!?」


ルークに向けられていたはずの言葉は、いつの間にか別人へのに変わっていた。

話の内容から、ミアの二人いる息子の内の一人のことだろうと察する。


公爵家お抱えの騎士団の団長を勤めているミアの旦那さんは、朗らかで明るく優しい人で、顔も良い。

そんな父親の性格を色濃く継いだ二番目の息子は、母親に対してそんなことを言うような子ではないと、幼馴染である私はそれをよく知っている。

――となると、ミアを不機嫌にさせているのは、一番上の息子ということになる。


最近ではルークの補佐を勤めているという。

微妙な性格は雇用主の影響か、元々の性格なのか……関わりの薄い私には分からない。


ぷりぷりと起こりながらでも、私の頭を洗うミアの手付きは少しも雑になることなく、気持ち良いままなのだけど、そろそろ私の身体がふやけてしまいそうだ。

ミアがヒートアップしてこれ以上長湯になるのは避けたいし、今の調子の良い時にリーリエに会っておきたい。


だからこそ、今の流れを変えるために思い切って質問をしてみたのだけれど……何故か、ミアの顔が苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。

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