第39話:中枢との決戦2
女冒険者達のいるところに近づくと、すぐに女王が見えた。
他よりも一回り大きく、頭の王冠状の模様は燃えるように赤い。その目も同じく赤く、俺達に対して怒りをみなぎらせているようだ。
「気を付けな! 奴だけは氷の効きが弱いみたいだ!」
たしかに、女王にも氷の精霊は取りついているが、体表に霜が張り付いていない。火を吐くというから、氷の下級精霊くらいはね除ける力があるのかもしれない。
「いきます!」
「待て! イーファ!」
ハルバードを構えて前進しようとしたイーファを押しとどめ、慌てて前に入る。
俺達の接近に気づいていたんだろう、女王がこちらに向かってきている。一瞬だが、その視線に俺は気づけた。
突っ込んできた女王が俺目掛けて腕を振る。
「くっ……!」
遺産の盾でなんとか受け流すが、勢いを殺しきれなかった。左からの一撃を受けて、俺は体ごと吹き飛ばされた。
「先輩! このお!」
イーファが女王目掛けてハルバードを振り回すが、相手の方が素速い。あっさり下がられた。大きいだけで無く、非常に狡猾な動きをする。これは面倒だ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ……。イーファ、目を離しちゃだめだ」
下がった女王は、こちらをじっと見ていた。薄く開けた口の中には無数の短い歯が生えていて、その間にちろちろと舌のように動く火が見える。
まずい、火を吐くつもりだ。
「大地の精霊よ! 壁になってくれ!」
地面に触れて、俺とイーファだけでなく、冒険者の前まで土壁を作る。野営地の設営で慣れていたおかげで、土の精霊の仕事が早い。
土壁が生まれたのと女王が火を噴いたのは同時だった。一瞬、顔が熱くなるくらいの熱気が来たけど、なんとか火の息は回避。
「あ、危なかったです……」
「油断するな! 上だ!」
見れば、土壁を登って親衛隊リザードが一匹接近してきていた。
「シュルルルルッ」
不快な音を立てて降りてくるクラウンリザード。俺は前に出て、その顔目掛けて剣を振り下ろす。
剣は当たったが、与えた傷は浅い。俺の剣じゃ、前進を止めるのがやっとか。
しかし、それで問題ない。攻撃役は別にいる。
「やあああ!」
俺を囮にして横に回り込んだイーファがハルバードで一閃。親衛隊リザードの胴体を半分切り裂いた。
その上、そこに周囲の冒険者からのの矢が刺さる。
「サズ! 土壁を戻しておくれ! このまま反撃だよ!」
「土壁よ、戻ってくれ!」
土の精霊は俺の言葉に従い、すぐに土壁を戻してくれた。
敵の位置も変わっていた。女王が少し離れた位置でこちらを様子見。その周囲に護衛が四匹。他の冒険者達は相変わらず善戦中。
「どうする? 近づけるけど、倒すのはちと大変そうだねぇ」
女冒険者が言う。たしかに、女王は手強い。今の季節は暖かい、無理矢理呼び出した氷の精霊も長続きしないだろう。
「…………一か八か、氷の精霊に頼んでみましょう。女王狙いを」
クラウンリザードが減ったおかげでいくらか氷の精霊が自由になってる。消える前に一仕事頼めるはずだ。
目に見えている精霊なら手伝いを頼むことができる。それに、あのラーズさんが用意した精霊なら、こちらに友好的な気もする。
「悪くない案だね。イーファ、準備しな。あんたの先輩が精霊を使ったら皆で飛び込むんだよ」
「はい! いつでも行けます!」
言いながら、イーファがハルバードの柄を伸ばした。彼女の背丈を大きく超える、一番長い状態だ。刃も目映く輝き、これを振り下ろせば一撃必殺の威力があるのは明白だ。
俺は周囲を漂っている氷の精霊をじっと見つめる。
青白い光の氷の下級精霊が、視線に気づいてゆっくりと周りに集まってくる。
俺の周辺で舞い踊るような燐光に、願いを込めて言う。
「氷の精霊よ、皆で力を合わせて女王を弱めてくれ。頼む!」
直後、周囲の氷精霊が女王に殺到した。
向こうも俺がこの現象を引き起こしたことに気づいたのだろう。慌てて女王が吠えたと思ったら、親衛隊のクラウンリザード一匹がこちらに来た。
冒険者が矢を射かけるが、止まらない。
どうにか踏ん張るため、俺が盾を構えた時、横に大きな人影が来た。
ゴウラだ。大剣を構えた冒険者は、迫り来る敵を見据えて短く言う。
「いけ! なんとかする!」
大剣で親衛隊のリザードを受け止めるゴウラ。女王の方を見れば、氷の精霊によって全身を凍てつかせ始めている。
氷の精霊が思った以上に頑張ってくれているのか、女王の動きは鈍い。周囲の親衛隊リザードは他の冒険者がどうにか押さえてくれている。
「よし! 勝負の時だよ!」
勝機と見て、真っ先に突っ込んだのは女冒険者だった。槍を掲げて女王目掛けて突撃。勿論、俺とイーファもそれに続く。
女冒険者の槍が、突撃の勢いそのまま胴に命中した。
「シィィィ!」
空気を切り裂く不快な鳴き声で、女王がのたうち回る。槍の穂先が胴に突き刺さり、そこから赤黒い体液が吹き出た。
「堅いねぇ! こりゃ、並の武器じゃいけんよ!」
女冒険者の言葉を聞いて、即座に判断する。ここは俺が攻撃を仕掛ける出番じゃない
「大地の精霊よ! 奴の足下を固定してくれ!」
言葉は届き、女王の足下全てが即座に陥没、そしてすぐに土が現れて、がっちりと埋まる。女王の四肢は大地に固定。だが、長く持つかはわからない。俺の精霊魔法はそれほど強力じゃない。強引に出てくる可能性がある。
だが、短くとも時間としては十分だった。
「やあああ!」
到着したイーファの一撃が女王の前足を切り飛ばした。
「クエエェェェ!」
悲痛な叫び声をあげる女王。
怒りによるものか、氷の精霊の影響で土の精霊が弱まっているのか、残った四肢が地面から抜けた。
「グェェェェ!」
「うわっ」
「ちょ、あぶなっ」
不気味な叫びと共に、女王は残った足と尻尾を使って暴れ回り始めた。
先ほどまでの狡猾さを感じさせない、でたらめな動き。唐突なその行動に、周りにいる俺達も対処しきれない。
「あ、しまっ……」
それは、前に出ているイーファも例外じゃなかった。
頭を振った女王の攻撃がイーファに迫る。
土壁は間に合わない。俺は慌てて間に飛び込んで、盾で防御する。
「ぐおっ!」
左手の盾越しに重い衝撃が走り、イーファごと吹き飛ばされた。
「先輩!」
「大丈夫だ……。盾のおかげでな」
二人揃って吹き飛ばされたが、なんとか無事だった。
遺産の盾はやはり凄いらしく、衝撃を吸収する機能があるようだ。思ったよりも、軽くすんだ。ただ、左腕と肩が痛くて上手く動かせない。なにかしらの負傷はしてしまったようだ。
女王の方を見れば、女冒険者が仲間と共に追撃していた。さすがベテラン、戦い慣れている。
おかげで、少しだが話す時間ができた。
「イーファ、俺が奴に隙を作る。合図をしたら行け!」
「で、でも……いえ、行きます!」
一瞬迷ったあと、イーファはハルバードを構えた。
「光の精霊よ、できるだけ集まれ。……一瞬でいい、奴を痺れさせてくれ!」
左手全体に走る痛みに顔をしかめつつ、俺は最も仲の良い精霊に声をかける。光の精霊は地下での資料閲覧や夜の事務仕事で一番長く一緒に居る。おかげで、見つけやすく、扱いやすい。
掲げた右手に光の球が生まれ、明るく輝いていく。眩しいくらいだ。
「ま、まぶしいです……」
「イーファ、俺が合図をするまで目をつぶっててくれ」
俺の指示通り、イーファが目を閉じたのを見てから、光の精霊を女王目掛けて飛ばす。
光の精霊は普段はゆっくり浮いているだけだが、本気を出せばかなり早く動ける。
目にも止まらぬ速さで、女王の顔目掛けて光球が突っ込んだ。
瞬間、目映い閃光が辺りを照らし出した。
「うわっ! なんだいこりゃ!」
「目が! 目が!」
「先に教えてくれ!」
皆にも伝えたかったが余力は無かった。申し訳ない。とはいえ、女王も視界を奪われ、動きが止まった。今しかない。
「イーファ! 行け!」
「はい!」
目を見開いたイーファが女王目掛けて突撃を開始。
自分の背丈よりも長大なハルバードを掲げ、小柄な女の子が巨大な魔物に輝く武器を振り下ろす。
「やあああああ!」
いつものかけ声と共に、イーファの全力の一撃が叩き込まれた。
視界を失った女王の頭にハルバードは直撃、頭から胴の半ばまで、縦に引き裂く。
「あああああ!」
攻撃は終わらない、相手は中枢だ、即死するような一撃を受けてもまだ動くかもしれない。イーファは追撃を開始、縦横にハルバードを振り回す。
視力を取り戻した冒険者達も攻撃に参加し、数分後、女王は全身を八つ裂きにされ、その場に崩れ落ちた。
「これで終わりです!」
イーファの叫びと共にクラウンリザードの女王は首を飛ばされた。
「よし、これで……!」
見れば、女王の絶命に合わせるように、周囲のクラウンリザードの動きが止まっていた。中枢の本体は女王、それを倒したことで周りも戦いを止める。ここは過去の情報通りだ。
「先輩! 大丈夫ですか!」
残ったクラウンリザードを討伐した後、肩を押さえる俺の方に向かってイーファが駆け寄って来た。
心配そうな顔に、俺はなんとか笑みを浮かべて答える。
「大丈夫だ。お疲れ様。見事だったよ」
「先輩のおかげです。ああ、どうしましょう。これ、左手動かせないですよね。血は出てないけど中が大変なことに……」
近寄って怪我の確認をされたら怖いことを言われた。俺の怪我、そんなことになってるのか。
「イーファ」
「すぐに戻って『癒し手』の力で治して貰いましょう。他の怪我してる人も皆で運んで……はい?」
「助かったよ。ありがとう」
「? 先輩のおかげですよ?」
すっかり冒険者として動けるようになった後輩を頼もしく思いながら、俺は何とか命拾いしたと心底安心していた。
「よし! 女王討伐確認! 皆で帰って報告だよ! 怪我人は協力して運びな! 帰ったら宴会だ!」
女冒険者の声に、冒険者達が威勢良く応える。俺も肩の痛みに耐えながら、無事な右手をあげて応えた。
これが、今回の魔物調査討伐が終わった瞬間だった。
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