第31話:所長からの話

 ルグナ所長からの手紙の内容は短かった。

 『再探索とこの地域について相談がしたい。早めにピーメイ村ギルドに戻られたし』

 流麗な字で書かれたその手紙を受け取った俺は、残務を片づけて翌日に村に戻った。

 

 ピーメイ村のギルドには所長室がある。元々規模が大きいギルドだった名残で、ルグナ所長は基本的に事務所にいるので実質休憩室になっている。とはいえ元は大ギルドだ、来客対応も想定した良い部屋が用意されている。

 

 村に戻った俺は、歴史を感じる調度類の並んだその部屋に案内された。

 過去の世界樹から採取したらしい頑丈そうな木製テーブルの向こうには、ルグナ所長が座り、その後ろに護衛の少女が立っていた。


「ようこそサズ君。忙しい中ごくろう。座ってくれ」


 立ち上がって出迎えられた。いつも一緒の無口で無表情な護衛が、一瞬だけこちらを見た。

 なんか緊張するな。


「いえ、呼び出しですし、仕事は一段落したところです。野営地構築の詳細は課長に報告済みですので」

「うん。後で聞いておこう。その様子だと順調なようだね?」

「所長の手回しが良すぎです。どんどん資材は入ってくるし、増員のおかげで俺とイーファは向こうにいられますから」

「それは良かった。必要そうなら何でも手を打つ主義なんだ。やりすぎと言われることもあるがね」


 横の護衛が一瞬頷いた。色々あったんだろうな、ここに来るまでに。

 ルグナ所長が座ると、メイド服姿の使用人がタイミング良くお茶を運んできた。


「では、先に仕事の話をしておこう。ギルド側には更に増員が来る予定だ。三名程度だが、これで交代で休みながら仕事ができる」

「野営地の稼働が長期間になるのを見込んでいるんですか?」

「その可能性を考慮して、というところかな。今のままだとサズ君とイーファ君があそこで休まず働くことになりかねないからね」


 所長は今回の件を深刻に受け止めているようだ。何十年もなかった危険個体の出現だし、警戒するにこしたことはない。


「それとあと二つ、近いうちにピーメイ村に癒し手がやってくる。クレニオンのギルドの副所長でね。先日サズ君が魔女を見つけてくれた御礼だそうだ」

「そんな偉い人が来て平気なんですか? ありがたいですけど」


 ギルドの副所長で神痕持ちなら元冒険者だ。それも、かなりの腕前のはず。向こうの業務が心配になる。


「問題ないそうだ。魔女の件が落ちついた今なら、ということだね。癒し手にはピーメイ村に滞在してもらい、ここで怪我人の治療に当たって貰う。状況によっては野営地にいく、というところでいいかな?」

「そうですね。再探索が始まったら野営地に移動してもらうことになるかもしれません」


 今のところ野営地は未完成だ。貴重な『癒し手』持ちは安全なピーメイ村にいてもらうというのは、わかる判断ではある。


「それと最後の一つ、十日後にベテランの冒険者パーティーが二つ到着する。それを合図に再探索を開始したい」


 ベテランというのは、冒険者として実績のある者をさす。小さめのダンジョンを攻略していたり、大ダンジョンで功績のあるものだ。

 驚いた俺を見て、ルグナ所長は自信たっぷりの顔になっていた。本当にできるだけのことをしてくれてる人だな。

 

「では、俺達は十日後を目処に野営地をできる限り整えるということですね」

「うん。それとサズ君には別にお願いがある。……今後の探索の方針を決めて欲しい」


 なんだか凄く責任が重そうなことを言われた。


「俺がですか? ここに来たばかりの平職員ですよ?」

「それを言えば私も似たようなものだよ。実のところ、今回の件はドレン課長にも判断が難しいんだ。彼は本格的なダンジョンに関わる業務は未経験だからね」

「そこで元冒険者で、王都でダンジョン攻略の計画に関わっていた俺に……ということですか?」


 所長が笑顔で頷いた。わかってるじゃないか、みたいな雰囲気だ。


「あまり気負わなくてもいい。今のままだと危険個体を目撃した箇所から重点的に探索することになるんだろう。だが、少しばかり未探索の地域が広すぎる」


 元世界樹であるこの地域はかなり広い。残りの地域は普通に歩いて数日はかかるし、探索しながらだともっと時間がかかるだろう。

 もしダンジョンとしての機能が戻っていて、中枢が存在するなら、という仮定の方針が欲しいということか。


「俺も他の人と同じようなことしか思いつきませんよ。今のところ」

「だが、君は『発見者』だ。それに、魔女を見つけたという実績もある。この建物の地下資料室の鍵を渡しておくよ。大昔の記録がある、奥の部屋の鍵だ。好きにしていい」


 ルグナ所長はそういうと、古い鍵を机の上に置いた。

 地下資料室は何度か入ったことがあるが、当たり障りのない事実を羅列しただけの書類が大半だった。ボス討伐やダンジョン詳細の具体的な記述がある書類は鍵をされた部屋の奥だったか。


「わかりました。温泉支部の仕事と平行でも平気ですか?」

「もちろん。必要だと判断したら、いつでも戻ってきて、こちらで作業してくれたまえ」


 そう言ってお茶を一口飲んだ後、丁寧な動作でカップを置くと、所長は真剣な顔になった。


「それでは次の話。この地域について、私が把握していることを伝えよう」


 それから所長からの、王国にとってのピーメイ村の話が始まった。

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