第30話:建設開始
温泉の王から冒険者滞在の許可を貰った翌日、ルグナ所長が出張から帰ってきた。
それからの流れは早かった。
所長がどこでどう話をつけてきたのかわからないが、村に続々と馬車がやってきたのである。
乗っていたのは人と資材だ。
ピーメイ村冒険者ギルドの要員は増員され、運び込まれた資材は続々と温泉の王の家周辺に輸送されていく。
冒険者達は魔物退治とは別に拠点作りの依頼に駆り出され、温泉周辺が急に賑やかになった。
そして、俺もまた温泉周辺に滞在することになっていた。
「大地の精霊よ。この辺り、柵に沿って溝を作ってくれ。地面は固めで」
地面に手を触れて頼むと、一気に目の前が窪んだ。
現在作っているのは空堀である。温泉地にそった形でこれを作り、順次柵も作っている。
既に温泉の結構広い範囲で完成しつつあり、魔物調査討伐の野営地というより、砦のような様相になりつつある。
前まで静かな森の中に佇む温泉付きの一軒家という感じだったのに、変わると早いもんだ。
実際、温泉の王の家周辺は冒険者を始めとした関係者で賑わっている。
各所に天幕が立ち、その合間には運び込まれた資材で小屋の建築もされている。連日、ピーメイ村から荷馬車がやってくるのですべてが早い。
「先輩、ここにいたんですか。お疲れ様です」
そう言ってやってきたイーファは作業用のハンマーを手にしている。服も土まみれだ。神痕の力もあり、全力で力仕事に駆り出されていた。
見れば、イーファの手にはパンと水筒があった。昼食を持って来てくれたようだ。
「うーん。何度見ても凄いですね。大人が何人いてもこんな一瞬でこんな綺麗な穴は掘れません」
俺が連続で作った空堀をじっくりと見ながらそんな感想を言われた。
「大地に精霊にもだいぶ慣れてきたからな。地味だけどかなり使えるぞ、これ」
大地の精霊は凄い便利だ。穴を掘るだけじゃなく、土を盛ることもできる。
魔女さんの話だと、慣れると岩石を作ってぶつけたりとか、もっと色々できるらしい。
派手さはないが、非常に有用。
特にこういう拠点作りの時なんか、俺一人でかなりのことができる。
ただ、精霊魔法は無限に使えるわけじゃ無い。精霊に接触するのは人間にとって疲労を伴う、お願いの代償に魔力を分けているらしい。
「いきなり地面が出たり消えたりするのは地味じゃないですよ。はい、くるみパンです。バターはないですけど」
「ありがとう。そっちはどうだ?」
俺が座ってその場で食べ始めると、イーファも隣に座り自分の分を食べ始めた。
「こっちも順調です。小屋……というか倉庫ですけど、明日には屋根までつくんじゃないでしょうか」
野営地の建設作業は早い。ルグナ所長が既に加工済みの資材を用意してくれたからだ。なんでも、他で使う分を無理矢理回したらしい。
ちょっと心配になる豪腕ぶりだけど、正直助かる。このままいけば、かなり早い段階でピーメイ村温泉支部という体でギルド業務ができるだろう。
今は温泉の王の家に書類とか置いているが、あんまり広くないし、なんか悪いので引っ越しが早急に必要だ。
一応、ギルド用には大天幕が張られているけど落ち着かない。中の半分は簡易宿泊所になってるしな。
「本格的な探索が再開すれば、ここが探索本部みたいになるだろうな。行商人も来て賑やかになる」
「不謹慎にもちょっとワクワクしてしまいます。その、お祭りみたいで」
「わかるよ。ダンジョン探索は冒険者のお祭りみたいなところがあるから」
色々なものが産出する関係でダンジョンは巨大な経済圏を作る。自然と人が集まり活気が出るのだ。かつてのピーメイ村はまさにその典型で、今もそれに近い。
「再探索が始まったら、しばらくは事務仕事だな。増員もあるみたいだし、上手く休めるといいけど」
「温泉支部と村本部の往復になりそうですね。忙しそうです」
そういってイーファがパンを一気に頬張った。この子はいつも美味しそうにご飯を食べる。所長のお付きの人が嬉しそうにお菓子を与えたりしているのはそこが理由だろう。
小休止とばかりにゆっくりしていたら、向こうからゴウラが歩いてきた。設営に参加してる冒険者の一人である。仲間の二人がとてもよく働くことで注目されている。
「おう、二人ともここにいたのか。一応、野営地の中で休憩したほうがいいぞ」
そんな風に面倒見の良いことをいいながら近づいてきた。
「なんだ、二人で食事中か。邪魔したかな?」
「そ、そんなことありません! 全然!」
「普通に休憩中だよ。なんかあったのか?」
慌てて水筒の中身を飲み始めたイーファ。食事なのは事実なんだから、否定することもあるまいに。
そんな感想を抱いていると、ゴウラが俺に一通の手紙を渡してきた。
「サズだけピーメイ村に戻って来いってよ。なんか所長さんから相談があるらしいぜ」
渡された手紙には、たしかに所長の名前が書いてあった。
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