第19話:魔女を探せ

 俺達が魔女捜しに参加して早々に三日がたったが、特に成果は得られなかった。


「先輩、最新の報告書、貰ってきました」

「ありがとう。ちょっと見せてくれ。良ければこっちの地図も見ておいて」

「わかりましたっ。これは今までに調査したところですね……」


 報告書を読みつつ、冒険者が調査した箇所に点を打った地図を作る。点の近くに余裕があれば報告書の番号も書き込んでおく。


 あてもなく足で探すのことに限界を感じた俺は、資料を読むことにした。経験上、『発見者』の能力は、細かい情報があればあるほど役に立つ。

 幸いなのは、俺の神痕のことを知ったクレニオンのギルドが非常に協力的だったことだ。この地図も部屋も、彼らが用意してくれた。その代わり、なにか聞かれたらできるだけ答えなくてはならない。情報共有は望むところなので、むしろありがたいが。


 あと、ピーメイ村にはゴウラ達の滞在期間を延ばして貰った。緊急時なので、鳩を飛ばしてもらったらすぐに許可がでた。有り難い話だ。


「私が見た感じだと、探索範囲がだんだん広がってるようにしか見えないですね」

「それで間違ってないよ。冒険者が近くから遠くに移動してるんだから」


 言いながら新しい報告書に目を通す。今回はかなり遠方だ。歩いて四日の場所まで冒険者が行っている。

 クレニオンの周辺は森が多い。人が少なく、生活する上で移動しやすい街道沿いの森をさがしているようだ。

 今のところ、冒険者達も手がかりらしいものは得られていない。「見えざりの魔女」、なかなか厄介な相手だ。


「俺の『発見者』の神痕が伝説に言われる『直感』と違うところは、情報を集めたり、経験を蓄積しないとあまり効果がないことなんだ。例えば、初めて会う魔物とかにはすごく弱い」


 経験や知識から違和感を感じたり、手がかりを見つけるのが『発見者』の能力だ。

 勿論、初見の敵相手にも発動しないことはないが、それなりの観察は必要となる。

 伝説の『直感』なんかは、極めればなんとなくで弱点や解決策を見つけられるそうだけれど、そこまで便利にはならない神痕なのだ。


「冒険者の皆さんが調べるほど、先輩が魔女さんに近づけるってことですね?」

「その前に冒険者が発見するかもしれないけどね」


 冒険者達だって何もしてないわけじゃない。彼らなりに見つける方法を模索している。

 クレニオンのギルドも説明を受けて資料閲覧の許可はくれたが、俺達が見つけてくれるとも思っていないだろう。魔女発見の可能性を増やせるなら、このくらいは許容範囲というだけだろう。


 イーファを見ると、近くに積まれた魔女に関しての書籍や資料に目を通している。なにか手がかりになるものがあればと、集めてもらったやつだ。


「先輩がいつも古い書類を見てるのは、神痕を使えるようにするためだったんですね」


 魔女のもたらした災厄についての本を読みながら、イーファが言ってきた。


「元冒険者で事務仕事なんかしたことなかった俺がそれなりに使えたのは、これのおかげだよ。かなり助けられてる」


 報告書に目を通し終えたので、地図に新しい点を打つ。今回も成果無し。特に気になるところもなし。

 神痕が発動している時は感覚的にわかるものだ。なんか、「これだ」という確信めいた感覚があるし、強く発動していれば肩の神痕が熱を持つこともある。


「先輩の方は、なにかわかりましたか?」

 

 イーファがちょっと性急な質問をしてきた。

 少し考えながら、俺は頭の中で整理していた推測を口にする。


「イーファが一緒に調べてくれたおかげで、魔女についてちょっとわかった。そこから推測するに、「見えざりの魔女」は敵意がない可能性が高い」


 イーファと複数の資料を読んだところ、魔女の世界にはルールがあることがわかった。

 それは、引っ越した時、挨拶するというものだ。それも、冒険者ギルドか役場に。


「昔の魔女の資料に書いてあったやつですね。それを律儀に守ったからってことですか?」

「加えて、これだけギルド総出で探しているのに危害を加えてこない。少なくとも、攻撃的な性格じゃないと思う」


 「見えざり」の呼び名通り、隠れることに自信があるだけかもしれないが、敵対的な行動をしていないのは確かだ。


 だからと言って、捜索を止めるわけにはいかない。「見えざりの魔女」についても、まだ記録が見つからない。少なくとも、この地方にいた存在では無いだろう。

 外国から来たなら確認に時間がかかるだろうし、厄介なのには変わりない。


 魔女捜索に時間がかかるほど、この地域への影響が大きくなる。色々と面倒なことがおこるだろう。商人の流入の減少、冒険者の減少。冒険者は地域の雑務もしているので、治安が悪化したり農作物の収穫へも影響が出るかもしれない。


 なにより、ピーメイ村の魔物調査討伐が実行できないのが問題だ。俺達の仕事が既に止まっている。これはよくない。


「一つ、考えていることがある」


 短い調査期間だが、気になることがあった。


「単純に友好的な魔女が引っ越してきたなら、近くに住んでるんじゃないかと俺は思う」


 そう言って、地図上のクレニオン近くの点を指さす。


「町の辺りは点が薄いですね。魔女は遠くに隠れてると思ったから?」


 冒険者達の調査地点は、町の近くには少ない。イーファのいうとおり、魔女だから人里から離れた場所にいると考えられている傾向がある。


「魔法使いも魔女も人目を避けるから、人里離れたところに住んでいる。だいたいの人はそう考えるし、俺もそう思った」

「じゃあ、近くにいるとしたらどの辺りでしょう? 買い物をしやすいように、街道に近いところとか? そんなことないかな」

「いや、多分いい線言ってると思う。魔女も人間と同じ生活をするとして、この辺り、隠れながら暮らせそうな森がいくつかある」


 俺はクレニオンから北東の地域を指さした。細い道沿いに森を背負った小さな集落がある地域だ。町に近いこともあってか、冒険者の調査数は少ない。


「なるほど。近いから調べに行きますか?」

「更にもうひとつ、一カ所だけ、獣の退治報告の多い森がある。魔女が来てからな」


 俺は自分でまとめた報告書をイーファに渡す。


「えっと、猪とか狼とか……普通の獣ですね」

「獣の感覚は鋭敏だ。危険な存在が近所に引っ越してきたのかもしれない」

「先輩! さすがは『発見者』です!」

「いや、これが神痕によるものか、俺がこじつけたのかわからないんだよな。相手が魔女だし」


 魔法使いと会うことは殆どない。神痕でも見つけられない何かをしていても不思議じゃない。実際、頭を捻りながら資料をまとめたものの、神痕が発動している気配はなかった。


「でも。何の手がかりもなく探すよりもいいですよ」


 イーファが嬉しそうに言った。俺としてはそれほどあてにされても困る案なんだが、期待大のようだ。


「とりあえず、俺達は近場を探してみよう。まずは、ここだ」


 そう言って、俺は地図に記された「マーシャの森」という場所に丸をつけた。

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