第22話 有名人

 エンペラーフロッグの素材は全て定価で買い取ってもらう事で話が進んだ。


 素材を貰っても保管する場所もなければ、使える所もない。


 本来ならもっと高く買うそうだけど、素材の解体をしてくれた値段も込みで定価買取でお願いした。


 そもそもお金が欲しい訳ではないからだ。


 日本では『守護者』になった者にはいろんな特典が存在する。


 戦闘向き天能として判定された人は半強制的に『守護者』となるのだが、その分、国からの報酬が厚い。


 勤務時間や休日の量も通常の仕事よりは多いが、緊急出動があったりするので、飲酒はほどほどにと言われるそう。


 次に給料は倒した魔物の素材の権利を全て持ち、月給も相当高い部類に入るし、定年後に貰える年金額も多く都内に住める税金免除などもある。


 そこに追い打ちするかのように更なる報酬があり、それが遺族年金である。


 戦いで命を落とした『守護者』の家族には、遺族年金が支払われるようになり、その中でも取り分け遺族が未成年だと支払われる額は数倍増える。


 そして、ここまで『守護者』が貰える報酬だ。


 その中から『挑戦者』となった場合、全てが三倍増する。


 それくらい命をかけてエリアを増やす仕事を、政府がもっとも大事にしているのが分かる。


 俺と妹は両親が『挑戦者』として亡くなった事もあり、遺族年金などが相当な額もらえていて、その気になれば都内に住む事もできる。


 ただ両親と暮らした家を離れたくないという妹との決意で、今の家を離れていない。


 そんな訳で、エンペラーフロッグの素材は全て『守護者』のために有用な使い方になればいいなと思う。


 『守護者』の基地を後にして、妹と帰り道を歩く。


「なあ、七海~」


「うん~? どうしたの? にぃ」


「またお金が増えてしまったけど、どうしよう」


「ん~いつものでいいんじゃない?」


「それでいっか~何か欲しいモノはないのか?」


「ないというか、一年間ずっと女神様に祈っていた欲しいモノが手に入ったから、もうこれ以上欲張らない」


「ん? 手に入った?」


「いいの! だからもうお金はいらない~十分だから」


「分かった。じゃあ、いつもので送っておくよ」


「あい~今日の夕飯は贅沢に食べようか~!」


「いいね」


 妹が欲しがっていたモノが気になるが、無邪気に笑う妹を見るだけで俺も嬉しくなるから、気にしないようにしよう。


 手を伸ばしても届かない距離を嬉しそうに歩きながら、時々後ろの俺を見てまたにぱーっと笑う妹に俺まで笑顔が浮かんでしまうこの時間が幸せだ。


 久々に腕によりをかけて作ってくれた妹の夕飯は世界で一番美味しかった。




 ◆




 次の日。


 列車に乗り込み学園に向かう。


 学園入口を通る生徒達がチラチラと脇を見つめている。


 門をくぐった時だった。


「蒼空くんー」


 俺を呼ぶ声がして視線を向けると、目の前に七海の後頭部が現れて視界を遮る。


 わざわざ背伸びまでして視界を遮る妹が少し可愛い。


「七海?」


「むう! 何の用ですか! 先輩・・!」


「おはよう。七海ちゃん。蒼空くん」


 妹に邪魔されてあまり見えないが、視界に赤い髪が見えている。


「おはよう。天王寺さん」


 妹の頭を両手に捕まえて横に動かすと、笑顔の天王寺さんがいた。


 登校する生徒達がチラチラ見ていたのは、天王寺さんだったのだな。


「藤原くんはいない?」


「ええ。あの子は学園を嫌ってるからね~私も嫌いだけど、蒼空くんに会えるならと思って」


「え? 俺に?」


「ええ。命の恩人だからね」


 いや、そのお礼は十分に貰ってる気がするんだが……。


 妹がさっきから「しゃー!」と威嚇しているので、二人を連れて特別クラスの棟に向かった。




「これはまた珍しい人が登校したもんだわね」


「お久しぶりです。結城先生」


 玄関口でたまたま通っていた結城先生と鉢合わせになると、二人が挨拶を交わす。


「先生。一年の実技授業に参加してもいいですか?」


「それはいいけど、相手になれる子はいないわよ? ――――――あ、蒼空くんがいたわね」


「にぃは渡しません!」


「ななみんはもう少し強くなってからね」


「うぅ…………」


 結城先生のなでなでしてもらってる間、俺は不思議そうに天王寺さんを見つめていた。


 視線に気づいたのか、こちらをみて笑みを浮かべ「先輩が後輩の授業に参加してアドバイスをしたりすることがあるのよ。誰でもできるわけじゃないんだけど、私はそれなりに実績があるからね」との事。


 朝のドタバタがありながら、授業が進み、午後となった。




「初めまして。二年生の天王寺凪咲です」


 天王寺さんの自己紹介で、クラスメイト達から気合の入った拍手が鳴り響いた。


 もしかして、みんな天王寺さんを知っている?


 さくらちゃんが一歩前に出る。


「お、お会いできて光栄です! 凪咲先輩の大ファンなんです! 握手していただけませんか!?」


「ありがとう。私でよければいくらでもいいよ」


 天王寺さんの両手をぐっと握るさくらちゃんは今にも泣きそうなくらい喜んでいた。


「どうして蒼空くんが不思議そうな表情をしているのよ」


「いや、天王寺さんって有名人なのかなって」


「あれ? 蒼空くんって彼女の事、あまり知らないの?」


「俺はずっと試練ノ塔に入ってましたから」


「そういえば、そうだったわね。すっかり忘れていたわ。彼女はね。Sランク天能持ちで、学園の生徒の中でも――――――最強と美人で有名な子なの。そういう意味でなら国中で有名人だろうね」


 意外というか、彼女が生徒の中で最強だったことに驚いた。


 そもそも俺達が初めて会った時のことを思えば、強くはあるだろうけど、まさか最強と呼ばれているとは思わなかった。

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