二節 「灰色の街並み」

 「ごちそうさまでしたぁ~!」


 割り勘で会計を済ませ店を出る由梨花に、霞澄もついて来た。


 「それで、どこの駅から新幹線に乗るの?」


 霞澄は少ししてから答えた。


 「ここからは日暮里駅が一番近いけど、富山までは北陸新幹線を使うから、一旦大宮駅へ行かないと」


 「それじゃ、早く乗ろうよ!」


 そう言って由梨花は、霞澄の手を引いて早足で歩きだした。


 「由梨花ちゃん。 駅、そっちじゃない」


 「え? …あ、ごめんごめん」




 日暮里駅に着いたのは、一時を回る頃だった。


 「え~っと…切符って、これでいいんだよね?」


 なにしろ、電車の運行表はとても複雑で。 それが都会ならばなおのこと。 由梨花は慣れない路線の運行表に戸惑っていた。


 「そう。 京浜東北線の、大宮までのやつ」


 飲み物を買いに行っていた霞澄が、横から指しながら言った。


 「それじゃ、乗ろうか。 はいこれ、お茶」


 「…うわっ、冷たっ!」


 そう言って由梨花は、ペットボトルを頬に当てる霞澄の腕を振り払った。 しかし、かわされたのか、霞澄には当たらなかった。


 「もう、びっくりしたじゃん!」


 笑いながら言う由梨花の声を、チャイムの木霊が掻き消す。 霞澄は既に歩き出していたけれど、足を止めこちらを振り向いた。 


 「それじゃ由梨花ちゃん、そろそろ電車に乗らなきゃ。 早くしないと置いてかれちゃうよ?」


 「えっ⁉ …本当?」


 「本当」


 「えぇ・・・早く行かなきゃ!」


 そう言って、由梨花は一人でホームに走って行った。




 ———二人が座席に座ってから程なく、扉が閉まった。 アナウンスを聞き流しながら、由梨花は一息吐いた。


 「ふぅ、危なかったぁ~。 それにしても、楽しみだね、霞澄くん!」


 由梨花は窓を覗き込み、子供のように目を輝かせながら言った。 一体、どんな景色が見られるのだろうか。


 「それはよかったね。 ——大宮駅まではあと40分くらいあるから、僕は寝ようかな」


 「えぇ~、もったいな~い」


 そう言いつつも、由梨花は目線を車窓の向こうに戻した。 電車は、ゆっくりと動き始めている。


 電車の天井に吊られた広告には、新しくできるらしい高層マンションが載っていた。 その向こうは、健康食品の宣伝だった。


 しかし、そんなものには目もくれず由梨花はずっと外を眺めていた。 それもそのはず、由梨花の家からは高校もスーパーもバス圏内に揃っていて、都心に住んでいながら電車に乗る機会が全くと言って良いほど無かった。


 そんな期待とは裏腹に、車窓からの景色の殆どが灰色だった。 ビルの壁、家屋の屋根。 そして、張り巡らされた道路まで。


 時折コンビニの看板などが目立っていたが、畑や森などは一切無かった。 流石都心、とでも言うべきだろうか。 変わり映えもしなければ、面白みもない。


 「なんだか、思ってたよりつまんないなぁ」


 由梨花は、霞澄がすぐに寝てしまった理由が痛いほど分かっていたけれど、意地を張ってそのまま背もたれのクッションに肘をついていた。




 川を越えても、やはり景色は相変わらぬ単調さだった。 新都心という名も、伊達ではないようだ。 周りを見ても、やはり殆どが寝ているか、スマホと睨めっこをしていた。


 由梨花は流石に景色に飽きて、座り直して背もたれに寄り掛かった。 けれど、由梨花がうとうとしだした頃には、もうとっくに大宮駅が見えていた。


 「由梨花ちゃん、着いたよ。 ほら、早く降りないと次の駅まで行っちゃうよ」


 「——ん? あ、もう着いたの? ・・・ふぁ~あ、最初から寝てればよかった」


 「…え、もしかして由梨花ちゃん、ずっと起きてたの? よくあんなつまんない景色見てられたね。 まあ、とりあえず降りよ」


 「分かった~」


 由梨花はあくび混じりで返事をすると、目を擦りながら、ホームへゆっくり歩いて行った。


 「次はどうするんだっけ?」


 由梨花が目の覚め切らないままに訊くと、霞澄はお茶のキャップを閉めながら答えた。


 「次は金沢行の新幹線に乗って、途中にある富山駅で降りるよ。 大体…1時間半とちょっとだったかな」


 「えぇ、1時間半…」


 由梨花は電車の旅がこんなにもつまらないとは思っていなかったのだから、勝手に過度の期待を抱いていた過去の自分を恨んでいた。 けれど、行かなければならないものはしょうがない。 由梨花の心はとっくに決まっていた。


「ちなみにさ、その新幹線が出発するまで、あとどのくらいある?」


 「ん~・・・移動もあるから、空く時間は30分くらいかな。 どうしたの? 何か用事?」


 「そんなのじゃないけど…せっかく大宮まで来たんだしさ。 お腹もすいちゃったから、お菓子でも買っていこうかな~、なんて」


 「いいよ。 多分お土産屋さんが何軒かあるから、新幹線の中で食べる用に、たくさん買っとこ」


 こうして由梨花は、本来の目的の重要さも忘れ呑気に旅を楽しんでいた。 しかし、とっくに短い針は2を周っていて、少なくとも日帰りでは戻れなさそうだ。 最初の目的地でさえ、あとどれだけ掛かるのか見当も付かなかった。

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