第43話 私も混ぜて


 楓花が風宮に告白する7月31日まで、残り13日。

 それが俺に残された時間だ。

 その日までに、俺は楓花の意思を折らないといけない。

 頑なに曲げようとしない楓花の意地を折って、風宮ではなく俺に告白させる。

 それができなければ、楓花は風宮に振られる。その確定している未来が、絶対に来る。

 その未来が来たら、俺の時間は間違いなく戻されるだろう。


 だから俺の願いの為に、楓花に告白させてやる。


 そうすれば、きっと楓花の為にもなる。あんなに泣いていた彼女は、きっとまだ俺のことを好きでいてくれている。そんな確信を持って。

 だがそう思っても、その目的の為になにから始めるのが正解かなんてわからない。

 だからまず手始めに……簡単なことから始めようと思った。


「ねぇ、智明?」

「なんだ?」

「……なんで私と一緒に歩いてるの?」


 俺の隣で、そう言って楓花が不満そうに眉を寄せていた。

 学校に向かう朝の通学路を彼女と肩を並べて歩きながら、俺は平然とした態度で答えることにした。


「ん? 急がないとマズイのか?」

「いや、そうじゃなくて……」


 俺の返事に、楓花の眉間が皺が寄る。怪訝そうに、彼女が顔を顰める。

 そんな楓花に俺がわざとらしく首を傾ければ、彼女から返ってきたのは小さな溜息だった。


「……なんで智明が私と一緒に学校行こうとしてるのって聞いてるんだけど?」


 最初からわかっていれば、煩わしいと言っているような楓花の反応も特に気にならなかった。

 むしろ、わかっている時点で文句を言える資格なんてあるはずもなかった。

 文句が言えないのなら、俺に答えられることなんて限られていた。


「俺が楓花と一緒に学校行きたいから、それだけ」

「っ……それだけって」


 別に好きだってバレたんだから隠す必要なんてない。素直に全部言えば良いことだった。

 こうして俺の気持ちを伝えれば、楓花も考え直してくれるかもしれないと願って。


「忘れてない? 別々に学校行こうって最初に言い出したのは智明だよ?」

「確かに言ったよ。風宮に勘違いされるかもしれないからって」

「なら――」

「俺は楓花を他の奴に取られたくない。だから、俺はお前と過ごす時間を増やす」


 馬鹿正直に答えたら、楓花の頬が少し赤くなっていた。

 風宮と楓花の関係が進む手伝いなんて、もう俺にはどうでもいいことだった。


「……急に私達が一緒に学校行くの見られたら変な勘違いされるかもしれないじゃん」


 風宮に俺達の関係がバレたら、楓花には痛手になるだろう。俺は少しも痛くないけど。

 だが、だからと言ってわざと俺達の関係を風宮にバラせば、俺達の関係は絶対に悪くなる。

 流石に俺達が家族と言っている楓花も、俺が意図的に嫌がることをすれば話は変わるだろう。それは互いに望まない展開だ。

 楓花がそう言うと思っていたから、俺はすぐに反撃する言葉を選んでいた。


「勘違いなんてされないだろ?」

「……なんでそんなこと言い切れるの?」

「だって俺達、友達なんだろ?」


 それは、昨日の彼女が言い出したことだ。

 そのことを忘れていたのか、楓花の目が少しだけ大きくなっていくのがわかった。


「友達なら、別に一緒に学校に行くのを見られても全然おかしくない」

「それは……」


 楓花が言い返そうとして、言い淀む。

 今更後悔しても遅い。これは、楓花自身が作った関係なのだから。

 昨日、櫻井と俺を友達にさせる為に彼女自身も俺と友達だと言った。そうすれば俺が逃げられなくなると思って。

 俺が楓花のことを好きだと知らずに、それが楓花にとって面倒なことになると理解しながら、彼女はそうしてしまった。

 風宮に俺達の関係がバレるかもしれないリスクを背負っても俺を正直にさせようとした行動の代価。それを彼女はようやく理解したんだろう。

 俺と一緒にいることを不自然にさせなくした楓花の行動が、自分の都合をどれだけ悪くするかを。


「それでも、勘違いする人はいるよ」

「そうかもな」


 楓花の言う通り、友達になって間もない男女が一緒に学校に行く姿を見て、勘繰る人はいる。

 俺達が実は付き合っているんじゃないか。そんな勘違いをする人間はいる。

 だがそんな話なんて、誰を見てもする人間はする。大事なことは、それをどう対処するかだ。


「あの時、楓花はこうなるのをわかってて言ったんだろ?」

「……そうだけど、違うよ」

「なにが違うんだよ」

「私は、二人を仲良くさせようと思って言ったの。智明を素直にさせて、愛菜ちゃんと仲良くさせようって。それが正直ならない智明のためになると思ったから……」


 こうなったキッカケは、楓花のその思いからなのは俺も知っていた。

 素直にならないからと言って、強引に俺と櫻井を近づけようとした行動なのはわかっていた。


「こんなことになるなら、言わなかったよ」


 それは俺と一緒に学校に行くことを想定してなかった反応だった。楓花は今まで通り、俺と別々に学校に行くものだと思っていたんだろう。

 しかし俺の隠していた気持ちを知って、その想定は大きく変わってしまった。

 結果として俺と一緒にいることを不自然にさせなくした。それが互いの都合にどう影響するかを察すれば、彼女が顔を強張らせるのも当然だった。


 俺と変わらない関係を続けたい楓花と、楓花と関係が変わることを望んでいる俺。


 今の俺達の状況で、明らかに都合が良いのは俺だけだった。楓花には悪いとは思うが、俺も使えるものは使わせてもらう。

 学校でも楓花と一緒にいることが不自然じゃなくなったのだから使わないと損だ。


「でも、最初は楓花も嫌がってただろ?」

「なんの話?」

「俺と一緒に学校に行かないようにした時、楓花も嫌がってただろ?」


 それはこうなる前の楓花も言っていたことだった。

 俺が楓花と一緒に学校に行くことをやめた時、彼女は嫌がっていた。

 なんでわざわざそんなことをしないといけないのかと言っていた彼女に、俺達の関係が風宮にバレるのがマズいことを説明して納得させた。

 元々、彼女も俺と一緒に学校に行くことを望んでいたんだ。ならそれが元に戻っただけの話だった。


「それは……だって家族だし、私も智明と一緒に学校行きたかったから」

「なら別に良いだろ? 楓花もそう思ってたなら、それで良いと思うけど?」


 俺がそう話すが、楓花は不満そうに顔を顰めるだけだった。

 そうだけど、そうじゃない。そんな彼女の呟きが聞こえたような気がしたが、俺は特に気にしなかった。

 言い淀む楓花に、俺は歩きながら伝えることにした。


「もう、俺も自分に嘘つきたくない」

「なによ、それ」

「俺も、楓花と離れたくない。その気持ちを誤魔化すの、もうやめたから。それだけの話」


 なにか言い返そうと口を開く楓花だったが、なにも言えずに口を閉ざしてしまう。

 ここまで俺から馬鹿正直に気持ちを向けられるとは思わなかったんだろう。


「……なに言っても、変わらないよ」

「そう思ってれば良いよ。嫌でも変えさせるだけだから」

「どうしてそこまでするの? あれだけ言ったのに……?」

「楓花のこと、好きだから」

「だから、なんでまたそう言うこと言っちゃうのかな……」

「本当のことだし、もう隠さなくて良いし」


 ムッと睨む楓花の顔が、やはりほんのりと赤くなっているような気がした。

 意地でも俺が諦めないことを察したのか、俺から離れようと楓花の足が早く動く。

 それを合わせて、俺も歩く速度を上げた。


「ちょっと追いかけないでよ」

「別に追いかけてるつもりないぞ」


 更に楓花が足を早く動かすが、正直なところそこまで早くなかった。運動が苦手な彼女が早く動こうとしたところで、大したことはなかった。

 そうして、俺と楓花が早足で歩いている時だった。


「やっほー! 二人ともおはよー!」


 俺達の歩く先で、見覚えのある女子が俺達に手を振っていた。

 白い髪、綺麗な顔。見忘れるわけもなかった。

 なぜか櫻井が俺達の歩く先で、俺達を待っていた。

 咄嗟に俺と楓花が顔を見合わせる。なんでわざわざ櫻井が俺達を待っていたのかわからなくて、俺達は揃って困惑した顔を見せ合っていた。


「やっぱりここ通るよねー! 家が近いからきっとここ通ると思って待ってたんだよ!」


 そして俺達のところまで駆け足で来た櫻井が、そう言って笑みを浮かべる。

 確かに櫻井がいた場所は、俺達の通う学校に行くために必ず通る道だった。

 だからと言って、わざわざ俺達を待っているなんて思いもしなかった。


「もう一緒に学校行くなんて仲良しじゃん! 私も混ぜてー!」


 そんな俺の考えなんて無視して、櫻井が俺と楓花の間に割り込む。

 そしてなにを思ったのか櫻井が俺と楓花の腕を両手で抱き締めると、そのまま嬉しそうに歩いていた。


「じゃあ二人とも、一緒に行こー!」

「歩きづらいだろ? これ?」

「全然! むしろ楽しいからこれで良い!」


 そう言って、櫻井は強引に俺達を引っ張るように歩き出していた。

 腕に感じる感触に顔が強張る。楓花がムッと眉を寄せて俺を睨んでいるような気がした。


「楓花? 昨日渡した映画は見た?」

「……見たよ。面白かった」

「でしょー! どこのシーンが良かった教えてよ!」


 昨日と変わらない櫻井に、少し遅れて楓花が答える。

 昨日見た映画の話を二人が楽しそうに話す。そんな二人の会話を聞きながら、俺は櫻井に引きずられるように歩かされる。

 自然と、俺の腕を抱きしめる櫻井の力が強くなったような気がした。

 

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