第39話 もう全部遅いの!
早瀬楓花が風宮悠一のことを好きになった理由。
それは、ただ純粋に彼女が風宮に惚れたとしか思っていなかった。
高校に入学して、楓花は風宮と出会った。そして彼の人柄を知って惹かれたんだと思っていた。
今まで楓花が語っていた風宮の良さを聞いて、俺はそう思っていた。
格好良くて、優しくて、まるで子供のように笑う笑顔が素敵。だから彼のことが好きになったんだと楓花は言っていた。
その気持ちに、それ以上の理由があるはずがない。だって、それが楓花が風宮を好きになった理由なのだから……それ以上の理由があるなんて、俺にわかるはずがなかった。
「どんな想い? そんなの、楓花が風宮って人間に惹かれた以外ないだろ?」
それ以外に人を好きになる理由がない。その人の人柄や外見に惹かれて、その人を好きになる。
俺が楓花を好きになったように、楓花も風宮のことを好きになった。それだけの話だ。
そこに、それ以上の気持ちなんてない。それが一番の気持ちなんだから。
「そうだよ……だから私は悠一君を好きになった」
「なら――」
それ以外の理由はない、そう言おうと思った。
だが俺の言葉を遮るように、楓花が口を開いていた。
「そうするしかなかったんだよ。他の誰かを好きにならないと、あの時の気持ちが戻ってきちゃうから……だから私は悠一君を好きになったの」
「えっ……?」
なにを言ってるのか、全くわからなかった。
そうするしかなかった。その意味がわからなくて、俺は困惑していた。
あの時の気持ち、というのも意味がわからない。なんでそれが戻るのが嫌だから風宮を好きにならないといけなかったのか?
楓花の言ってることが、なにもわからなかった。
「なに、言って――」
「それなのに……そうするしかなかったに……私が、どんな気持ちで諦めたと思ってるの?」
「は……?」
更に意味がわからなくて、俺は困惑するしかなかった。
一体、楓花はなにを諦めたと言ってるのか?
なにを諦めて、彼女が風宮を好きにならないといけなかったのか?
そうなってしまった楓花の気持ちがどんなものだったのか、俺には検討すらつかなかった。
なにもわからずに唖然とする俺に、楓花は変わらず話を続けていた。
「私ね……決めてたんだよ。あの気持ちは、高校生になるまでって。高校生になるまで私達の関係が変わらなかったら、この気持ちは捨てようって」
「なに言ってるんだよ……?」
わけがわからない。楓花の言っていることの意味がわからない。
なんで彼女のその気持ちが高校生までなのか、わからなかった。
なんで俺達の関係がなんで変わらなかったから、その気持ちを捨てないといけないんだ?
楓花のその気持ちが一体なにを指しているのか、今でもわからなかった。
だから次に楓花の口から出た言葉も、俺には理解することすらできなかった。
そんな言葉が楓花から出てくるなんて、夢にも思わなかったから。
「私の初恋は実らなかったって、そう思うようにしてたのに……なんで今更、そんなこと言うの?」
先程と変わらずに必死に両手の拳を握り締めながら、どこか泣きそうな目で楓花が俺を睨んでいた。
楓花の初恋が、実らなかった?
違う。だって、楓花の初恋は風宮だったはずだ。
その恋が実らないことを彼女が知るのは、まだ先の話だ。それは俺だけしか知らない。時間を繰り返してる俺にしかわからないことだ。
それなのに、なんで楓花は自分の初恋がもう終わっているみたいな言い方をしてるんだ?
「いつか変わるんだって思ってた。どっちかが自然と告白して、私達は両想いなんだって通じ合って、大人になってもずっと一緒にいるんだって……勝手に思ってた」
その声を聞いて、背筋が凍るような寒気がした。
一体、楓花はなにを言ってるんだ?
違う。そんなことを楓花が思うわけない。
それは俺が、ずっと昔から思っていたことだ。
俺が自分勝手に妄想して、いつか彼女と本当の家族になるんだって思い込んでたことだ。
「だけど、それは私の勝手な妄想だったんだって思い知らされたのに……だから諦めたのに……なんで今更そんなこと言うの?」
そんなことを楓花が言うわけない。
だって、そんなことを思うなんて、そう思ってくれるってことは、紛れもなく楓花も俺のことを――
「もしかして、楓花もずっと俺のこと――」
「もう違うよ」
その続きを言おうとした瞬間、楓花の淡々とした声が響いた。
確信を得た俺の考えを、楓花が即座に否定した。
「っ……!」
その事実に、俺は思わず後ずさった。
それがどういう意味なのか、それだけは嫌でもわかった。
もう、彼女は俺をそういう対象として見ていない。過去形として告げられたその言葉が、俺の心に深く突き刺さった。
今まで見ていなかったではなく、もう見ていない。その違いをどれくらい大きいか理解していれば、それがどれほど大事な言葉なのかわかりきっていた。
むしろそれは今まで見ていなかったと言われるよりも、とても辛い言葉にしか聞こえなかった。
「今の私は悠一君のことが好き、この気持ちは絶対に曲げられない」
「なんでだよ? 違うだろ? だって俺達は――」
「だから違う! もう違うの!」
俺の言葉を遮って、楓花は叫んでいた。
その先の言葉は絶対に言わせないと、彼女の声と目が物語っていた。
それは俺の気持ちを否定されているとしか思えなくて、反射的に俺は言葉を失っていた。
「この気持ちを変えたら……この気持ちが全部嘘で、無駄になっちゃう。それだけは、絶対にできない」
なにが無駄だと言うのだろうか?
最初から楓花は俺のことを想ってくれていた。それが本当なら、その気持ちを戻せばいいだけだ。
風宮を好きになった気持ちが嘘だろうと本当だろうと、俺のことを想ってくれた事実はなくならない。
俺達が本当に両想いなら、それで良いだろ?
「楓花も俺と同じ気持ちだったなら、今からでも遅くないだろ……? だって最初から、俺達は両――」
「言わないで! 絶対に! それだけは言わせないから!」
俺の震える声を、楓花が強引に遮った。
俺達の気持ちが同じだった。その事実を、楓花がもう一度否定していた。
「あの時の私が智明を諦めた覚悟が無意味になるのは絶対に嫌! 今も悠一君を好きだって思ってるこの気持ちが嘘だって思うのも、絶対に嫌なの!」
「なんで楓花が俺を諦めるんだよ……意味わかんないって、今でも俺は楓花のことが好きなのに」
「今更そんなこと言われたって意味ない! 私は智明とは家族なの!」
「家族でも血は繋がってないだろ? なんでそんなこと言うんだよ? 今からでも遅くないだろ?」
「遅い! もう全部遅いの! 全部智明が言ったのが悪いんだよ! 俺達は家族だって、どんな時も大事な幼馴染で! 家族だって! そうやって何度も、何十回も何百回も言ってたから! 私のことそういう風にしか見てないんだって思うに決まってるじゃん!」
「え……」
「智明は私を異性として見てない! 家族としか見てない! そう私に思わせたのは智明自身なんだよ!」
そう叫んだ楓花の目から涙が流れたのを――俺は呆然と見ることしかできなかった。
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