第37話 必ず後悔する言葉


「おい! 楓花っ!」


 焦るあまり、咄嗟に俺は叫んでいた。

 必死に考えても考えが整理できる間もなく、どうにか楓花を呼び止めることだけを優先してしまう。

 立ち去ろうとする楓花の小さな背中を追いかけて、彼女の肩にそっと手を乗せる。

 しかし俺が楓花の肩を触った瞬間、彼女は俺の手をゆっくりと邪魔そうに払っていた。

 その明らかな拒絶の反応に、無意味に俺は息を呑んだ。


「……なに? 佐藤君?」


 そして振り返ってそう言った楓花に、俺は言葉を失った。

 呆然としながらも、どうにか俺は口を動かした。


「なんだよ……その呼び方」


 突然過ぎた楓花の言葉に、俺の声は震えていた。

 しかし彼女は、平然とした表情で俺を見つめていた。


「なにって……別に普通だよ?」

「おかしいだろ……俺にそんな他人行儀な態度するの」

「えっ? なんでそんなこと言うの?」


 唖然とする俺に、楓花が小さく首を傾けた。

 それはまるで自分の思っていることが当然だと言っているような態度だった。


「だって――私達、他人だよ?」

「違う、他人じゃない」

「なに言ってるの? 私達は他人だよ? たまたま家がすごく近くて、親同士が仲良しだっただけの他人だよ?」


 確かに、俺と楓花に血の繋がりはない。彼女の言う通り、そこだけ見れば俺達は他人だろう。

 だが、それでも一緒に過ごした時間は、家族と呼べるくらい長く一緒に過ごしてきた。

 物心つく頃から一緒にいて、どんな時も一緒にいた。そんな俺達が他人なわけがない。


「ずっと一緒にいただろ……俺達は幼馴染で、家族みたいな関係だろ」

「佐藤君? それは君が言って良いことじゃないんだよ?」


 それは底冷えするような、淡々とした口調だった。

 真顔でそう話す楓花が、小さく笑う。それは決して優しい笑みなどではなく、目の前にいる俺を小馬鹿にするような笑顔だった。


「その言葉を言えるのは、本当にそう思ってる人間だけしか言っちゃいけないんだよ?」


 そんな笑顔で、楓花はそう言った。

 俺の言葉を否定して、俺の抱いている気持ちが違うと。


 楓花のことを俺は家族と本気で思っていない。


 そう遠回しに言われていることに、俺は自分の頭に血が上っているのが嫌でもわかった。


 一体、どれだけの時間を一緒に過ごしてきたと思ってるのか?


 良いところも悪いところも、たくさん見せあってきた楓花を、俺が家族と思わないわけがない。

 その過ごしてきた時間を否定されている。たとえ気のせいでも、俺には楓花がそう言っているようにしか聞こえなかった。


 それをお前に否定されることだけは、絶対に許せなかった。

 そう思うと、自然と声が出ていた。


「思ってるから言ってるんだろ!」

「……ねぇ? 佐藤君? もしかしてまた私を怒らせる気なの? さっきようやく収まったのに? 良い加減にしないと……今度こそ本気で怒るよ?」


 他人行儀な態度のまま、楓花の眉が少し上がった。

 しかしそれでも、俺は言い続けるしかなかった。

 なにを伝えるのが正解かもわからないまま、感情のままに俺は叫んでいた。


「怒らせるもなにも全部誤解なんだって!」

「あぁ……まだ言うんだ」


 溜息混じりに呆れる楓花に、俺の血が沸騰するのがわかる。

 頑固で分からず屋な楓花に、どうしようもなく腹が立った。


「だから全部楓花の誤解なんだよ!」

「はぁ……もう言い訳も聞きたくないんだけど」


 呆れながら、楓花が深い溜息を吐く。

 もう面倒だとわざとらしく見えている彼女の態度を見た瞬間、俺の頭の中でプツンとなにかが切れるような音が聞こえた。

 その音が聞こえた途端、俺の口は勝手に動いていた。


「だから黙って聞けよ!」


 声量の抑えすらなく、俺は叫んでいた。

 意図せず本気で見せた俺の激怒の声に、ビクッと楓花の肩が震えたのが見えた。

 だが、それを見ても……俺は止まれなかった。止まることすら放棄して、俺は感情のまま叫んでいた。


「全部お前の勝手な勘違いなんだよ!」


 今までここまでの声量で楓花に怒鳴ったことなんてなかった。

 驚く楓花だったが、しかし彼女も負けじと目を吊り上げて俺を睨み返していた。

 下唇を噛んで、鋭い視線で俺を見つめる楓花が大きく息を吸う。そしてそのまま、彼女は全力で声を吐き出していた。


「誤解もなにも……全部そっちか悪いでしょ!」

「悪いのはそっちだろ! 俺の話も聞かないで勝手に勘違いして! 勝手に自分で納得して! それで俺とはもう家族じゃないだって⁉︎ ふざけたこと言うのも大概にしろよッ!」


 まともに考えることもできずに、叫ぶ。どれが正解かもわからないまま。


「私が悪い⁉︎ どう考えても私じゃないでしょ⁉︎」

「俺の話を聞かない楓花が悪い!」

「はぁ……⁉︎ ふざけたこと言わないでよ! 正直に話さない智明が悪いに決まってるでしょ!」

「何度も正直に言ってるだろ!」

「正直⁉︎ アレのどこが正直なの⁉︎」


 どう考えても正直に言ってるだろ……⁉︎

 無意識に歯を食いしばる。舌打ちを鳴らしそうなのをどうにか我慢できたが、口だけは勝手に動いていた。


「俺はな! 櫻井と友達になろうって言われても嬉しくなかったんだよ!」

「もう嘘つかないで!」

「別に櫻井にデレデレもしてねぇからな⁉︎」

「してたでしょ⁉︎ 一緒にいる時とか嬉しそうにしてたじゃん! 愛菜ちゃんに腕組まれた時なんて顔緩んでたのわからなかったの⁉︎ 鏡渡してあげた方が良かった?」


 あの時の俺の顔をどう見たらそう思えるのか本気でわからなかった。

 湧き上がる怒りをどうにかして宥めようとして、頭を乱暴に掻きむしる。しかし怒りは少しも収まらなかった。


「してねぇよ! 馬鹿楓花!」

「馬鹿ってなによ! 馬鹿って言う方が馬鹿なのわかんないの!」

「そんなもん知るか!」


 馬鹿はどう考えてもお前だよ。


「確かに俺はお前に好きな奴の話はしなかったよ! 彼女が欲しいなんて一度も言わなかったよ! 恋愛だって興味あったよ!」

「ほら! やっぱり隠してた!」

「隠してたんじゃねぇよ!」

「じゃあなんで言わなかったのか言ってよ! 言わないとわかんない!」

「なんで俺が言わなかったかなんて決まってるだろ!」


 何度も思うが、言えなかった理由なんて簡単だった。

 その理由をもっと単調にすれば楓花もわかると信じて、俺は頭に浮かぶ言葉を告げた。


「俺は他の奴みたいに誰でも良いから恋人になりたいわけじゃねぇんだよ!」


 同じ教室のクラスメイトのように、よくいる学生の悩みのように、俺は恋人が欲しいと思ったことはない。


「顔とか外見とかどうでも良いんだよ! そんなので付き合いたいとか思わないんだよ! 心の底から好きな人とそういう関係になりたいんだっての!」


 確かに外見は大事かもしれない。

 でも、俺はそんなこと関係なかった。ずっと一緒にいたから、可愛い基準すら知らない頃から見てきた彼女が一番可愛いと想い続けてきた。


「それで私が信じると思ってるの⁉︎ そうやって騙せそうな言葉並べて誤魔化そうとしてるのわかってるんだからね!」

「なんでここまで言っても信じないんだよ!」

「恋愛したいから恋愛雑誌なんて買うわけないでしょ⁉︎ わざわざ隠してさ! 智明にも好きな人がいたからそういう本持ってたんでしょ⁉︎ 好きな人いるのに私に隠してる時点で信じられるわけないじゃん!」


 そんなの隠すに決まってる。

 いつか自然と気持ちを通じ合わせられると思い込んでいた。だから自分の気持ちを今更伝えるのも恥ずかしいと思っていたんだから。


「言えるわけないだろ!」

「なんで私に言えないのよ!」

「お前だから言えないんだよ!」

「だからなんで私に言えないの⁉︎」


 感情のまま、考えよりも先に口を動かし続けた。

 だから、次の出てきた言葉を、俺は止められなかった。

 自分が今からなにを言おうとしているのか理解しながら、これが必ず後悔する言葉だと確信しながら、俺は言ってしまった。


 絶対に、俺が彼女に伝えることはないと思っていた言葉を。


「俺が! ずっと子供の頃から! お前に惚れてるからだよ!」

「は……? え……?」


 怒りに満ち溢れた表情で睨んでいた楓花の顔が、一瞬で唖然とした表情に変わっていた。

 なにを言っているのかわからない。そんな表情で、固まる楓花。

 言ってしまった。その事実に、俺の頬は人生で一番熱くなっているような気がした。







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終わりそうな感じですが、まだまだ続きます。


レビュー・コメント・フォローをして頂いた皆様、ありがとうございます。本当に励みになります(涙目)


ここまで読了して頂いた皆様、もし良ければレビューやフォローして頂けると大変嬉しいです。(切実)


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