第23話 バッカみたい


 こんな状況になるはずなかった。

 学年を問わず大勢の生徒がいる食堂で大声なんて出せば……間違いなくこの場にいる全員から顰蹙ひんしゅくを買う。

 普通なら叫んだ風宮とその原因を作った俺がこの場にいる全員から攻められて、食堂から追い出されてもなにもおかしくなかった。むしろ、それが自然な流れだろう。

 しかし今、俺達はそうなっていない。普通なら絶対に起きないはずのことが起きている。


 この状況を作り出した風宮悠一に、全員が視線を奪われていた。


 きっと本人は意図してないんだろう。自分の感情のままに、自分がしたいことをしているだけ。

 ただそれだけのことしかしていないのに、この場にいる全員が風宮の作り出した空気に飲み込まれていた。


 それが当然のように、自分の思う通りに結果が動く。そんな馬鹿げたことをできるのが、風宮悠一という人間なんだと俺は思い知った。


 自然と、意図せずに風宮が作り出したこの場の空気。そして俺に差し出した手。ここまでの状況を作れば、もう結果なんて決まっていた。

 この場で、この空気で、全員が風宮と俺を見ているこの状況で――コイツの手を握らない選択を、俺は選べるわけなかった。


「――ッ‼︎」


 風宮から差し出された手を見つめて、その結果を想像した俺は思わず歯を噛み締めていた。

 もしこの場で俺が風宮の提案を拒否すれば……確実に俺はこの場にいる全員から責められてしまう。

 ここまで俺のことを思って、心配してくれている風宮の優しさを無下にする。そんなことを許せる人間は、この場には絶対にいない。もしいれば、そもそも風宮の作り出したこの空気なんて飲まれない。


 だから、この場の全員は風宮の味方だ。俺がコイツに逆らえば、全生徒から俺は悪者にされる。それは間違いなく、俺の学校生活が終わることを意味していた。もしかしたらイジメにだって発展するかもしれない。


「くっ……!」


 今後の学校生活が終わるか、自分の気持ちをへし折って風宮の手を握るか。その二択を迫られて、俺はいつの間にか作っていた拳を全力で握りしめていた。


 俺が差し出された風宮の手を握れば、その瞬間から俺は風宮の友達にされる。そしてそれから、きっと俺の過ごす時間に風宮が入り込むんだろう。

 これから俺が過ごす学校生活に風宮がいる。そして当然、コイツの隣にはがいる。

 櫻井と立花。そして楓花が、風宮と一緒に俺のところに来る可能性がある。その時間が少しでも増えると思っただけで、俺は自分の血が沸騰するような感覚に襲われた。

 今まで遠目から見てるだけで辛くて仕方なかったのに……よりにもよって俺の目の前で風宮と楓花が仲良くする場面を見せられれば、頭がどうにかなにそうだった。


 俺は7月31日までの二週間を繰り返している。きっと俺が楓花を惚れさせなければ、この時間はなかったことになって、俺の時間は7月17日に戻される。


 時間が戻る。だからこの時間も、なかったことになる。それなら今は潔くコイツの手を握るのが正しいんだろう。

 この場を凌ぐ為に自分の気持ちをへし折って、コイツの手を握る。そしてこれから二週間、風宮と過ごす時間を耐えながら楓花を惚れさせる努力をする。

 成功すれば、それで良い。失敗しても、なかったことになるから良い。そう考えて納得するのが、一番良い。


――冗談じゃない


 しかし、それでも俺は納得できなかった。

 たとえ楓花を惚れさせることが成功しようとしなくても、この二週間がなかったことになっても……その時間を、俺は絶対に忘れられない自信があった。


 俺の目の前で風宮と楓花がじゃれ合う姿なんて見たくない。見てしまえば、その分だけ俺は辛い思いをしてしまう。だから、それだけは嫌だった。

 合理的とかじゃない。ただ俺が本当に嫌だって感情が、風宮の差し出した手を握ることを拒んでいた。


 目の前で風宮と楓花を見るくらいなら、もう全校生徒から後ろ指を差されてイジメられた方が良い。その二つを天秤にかけても、俺は後者を選びたかった。


 風宮の手を拒んで、二週間耐える。どれだけ辛いことになるかもわからないが、その方がマシだと思い込む。

 たとえ風宮に他に好きな人がいて楓花が振られるとわかっていても、他の男と仲良くする彼女を見たくない。その一心で俺は風宮の差し出した手を叩き弾こうと、身構えた時だった。

 思い切り腕を振り払おうとしたのに――身体が、動かなかった。


「佐藤ッ!」


 俺を見つめる風宮の目に、俺の身体は無意識に固まっていた。

 有無は言わせない。絶対に頷かせる。そんな強い意思が見えるコイツの言葉と目が、心の底から俺は恐ろしいと感じてしまった。


「大丈夫だ! お前なら絶対に俺と友達に……親友になれる!」


 風宮が差し出した手を更に突き出して、掴めと催促する。

 その姿に、勝手に俺の身体が一歩だけ後退っていた。


 肌に感じる異常な威圧感――これがコイツを主人公だと思わせる風宮の人を惹きつける力なのか?

 

 カリスマと言っても良いかもしれない。風宮の圧力に、俺も飲まれそうになった。

 絶対にこの手を掴まないといけない。そんな気持ちにさせるナニかを、風宮から感じてしまう。

 そんな風宮の目を見ていると、気づけば俺の身体は自然と動いていた。

 手を差し出す風宮に向かって、一歩前に出る。そしてゆっくりと俺の手が、風宮の手を掴もうと動いた――瞬間だった。


「――バッカみたい」


 ふと、静かだったこの空間に……そんな声が突如響いていた。

 その声の主に、俺と風宮の視線が向く。そして櫻井と楓花も、驚いたような表情で声の主を見つめていた。


「そんなので友達になれるわけないじゃん」


 茶髪の前髪の先をくるくると弄っていた立花が、つまらなさそうにそう言っていた。

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