4-5

 学校が休みになった ななのちゃんが公園に絵を描きに来ていた。そろそろ温かくなってきたので外に出てきたのだろう。


 お昼頃には確かに居たはずだったけど、僕が仕事を終えたときには姿が見えなかった。帰ったのかなと部屋に着くと、ななのちゃんが居たのだ。


「おかえりなさい」と、元気な声で迎えてくれた。


「あぁ 少し、びっくり 家に帰ったのかと思ったから」


「うぅん だって 晩ご飯の用意してたから・・今日は 肉じゃが 食べる前に少し温めてね それと卵サラダ 冷蔵庫ね お米研いであるから」


「うん ありがとう でも ななのちゃん そんなに毎日はいいよー ずーと 絵を描いていても・・」


「いいのー こうやってる方が しあわせ 迷惑?」


「いいやー ありがたいけどなぁ 今度 僕が休みの日 どっか 遊びにいこうか?」


「わぁーい いこう いこう どこ?」


「うん 京都 動物園と水族館 どっちがいい?」


「そうだなぁー 水族館がいい 楽しみだなぁー」


「よし 水族館な 今度は夕方には帰ってこようネ」


「うん でも水曜日でしょ? 木曜と金曜はダメだけど それ以外はお母さん帰ってくるの 9時すぎなの だから、少しくらい遅くなっても大丈夫だよ」


「そうなのか じゃぁ ななのちゃんはひとりでご飯食べてんの?」


「うぅん シュウ君ちから帰るでしょ それから ウチのご飯の用意して お母さん 待ってるよ それまで、洗濯して、お風呂は先に済ませちゃうけどね」


「感心だね ななのちゃんはー」


「そんなことー 平気だよ シュウ君 あのねー」


「うん どうした?」ななのちゃんが暗い顔して、下を向いていたから・・


「なんか 話があるのか? いいよ 言ってごらん」


「あのね 私 卒業式の時ね お母さん来てくれなかったんだよ でも、働いてくれてるからしょうがないよねと私 晩ご飯作って、待ってたんだ 夜ね 遅く お母さんが帰ってきた時 、お酒飲んでいるみたいだった 私 悲しくなって 言ってしまったんだ 知らない男の人 家に入れるのも、もう、やめてー 嫌なのって そしたら お母さんが怒ってしまって 子供にはわかんないのよ、何も知らないのに親に意見するなって・・ 私 そんなつもりじゃぁ無かったのにー 意見だなんて」と、長いまつ毛から涙が落ちてきていた。


 その時、僕はその小さな肩を初めて抱きしめたのだろう


「ななのちゃん お母さんは、君を育てて守ろうと必死なんだよ 卒業式のワンピースも用意してくれたんだろう? 君が考えているようなことじゃぁないかも知れないよ 苦労して、色んな事情があるんだと思う 君は言ってくれたよね ここに居る時がしあわせだって 僕が力になれることがあったら協力するから そのまま 君は明るく真直ぐに生きていくんだよ」


 とたんに、ななのちゃんは、もっと激しく声をあげて泣いていた。ようやく、収まったのか、顔をあげて僕を見つめてきた。まつ毛も濡れていて、僕は完全に女として意識してしまっていた。その可愛い唇に吸い付きたいと衝動的に・・・あっ だめだ この雰囲気はーと


「あっ 肉じゃがは レンヂでいいのかなー」と、ななのちゃんの肩を離して紛らわせていた。

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