2. ハニービー族
オークウッド本草店には『人ならざるもの』の顧客もいる。彼等は人と違って『金』という価値観を持たない。その為、彼等の縄張りにある珍しい薬草や材料を仕入れる代償として、店ではこうして相談事を受けている。
『彼等の相談は、もう少しミリーの元気が戻ってからにしたかったんだけどなぁ……』
渋るガスを
『何、言ってんの。これこそ聖騎士の仕事でしょ!』
私は説得して、翌朝、ガス達と共にお店を出た。聖騎士の仕事は『人』と『魔物』の間のトラブルを解決すること。今回は『魔物』のみのトラブルだけど。
ガスは黒髪が目立たないように頭に灰色の布を被って、臙脂色の薬箱を担ぎ、フランを肩に乗せる。私はいつもの聖騎士の制服にショートソード。そして『この子も連れて行くと、お役に立つでしょう』番頭さんに言われて影丸を肩に乗せた。
ローラさん達、ハニービー族のお山はシルベールの南の港近くにある。私達はまずは問屋街から運河を下る船に乗った。東方貿易、南方貿易として発展した港町に着き、そこから町を囲むように点在する山の一つに向かう。
若葉が芽吹き、小鳥が歌い、早春の花がちらほらと咲く山道を登っていく。三合目当たりに着くと、先に戻っていたローラさんが待っていた。
「ここから先がハニービー族の縄張りになる」
ローラさんとガスの後を次いで、更に山道を登る。
「おお」
影丸が声を上げる。私も空気が変わったのを感じた。春の花木の花は勿論、低木、下草にも花が咲いている。空気には濃く甘い香りが漂っていた。
「ハニービー族は花の蜜や花粉を主食としているから、彼女達はこうして食料確保の為に自分たちの領域に花木や草花を植えて育てているんだ」
人界はまだようやく咲き始めたばかりなのに、周囲は花、花、花であふれている。中には、ここ以外では見られなくなってしまった花もあるらしい。幼い頃読んだ絵本のような光景が広がっていた。
花の中を歩いていくと、前方に枝を大きく広げ、若葉を繁らせている大木が見えてくる。その木の根本に着くと
「ここが、ハニービー族のお城だよ」
ガスが天を仰いだ。
「……すごい……」
枝からミツバチに似た六角形の部屋が連なる巣がいくつも下がっている。それは互いにくっつき合い、重なって、ぐるりと木の太い幹を囲んでいた。それも一巻きだけではない。その輪がいくつも木の天辺まで続いている。
「この木、そのものがお城なのよ」
フランがぷるんと揺れる。
辺りにはうるさいほどの羽音が行き交っていた。部屋を掃除する者、赤子を抱いてあやす者、新しい部屋を作る者。外から採ってきた食料を運んでいる者。その全てが女性だ。ハニービー族は、男は百年一度、新しい女王が産まれるときにしか産まれない女系一族なのだ。
ローラさんがその中の、自分と同じレイピアを持つハニービーに告げる。
「薬屋とアルスバトルのもう一人の勇者殿を連れてきた」
彼女が頷いて、木の上へと飛んでいく。
やがて、最上階の方からローラさん達より、一回り大きな、少女くらいの大きさのハニービーが衛兵達と共に降りてくる。その姿を見て、ガスが草地に膝を着いた。
少女の大きさのハニービーが地面に降りる。囲んでいた衛兵達が後ろに花びらで出来た椅子を置き、彼女は優雅に腰掛けた。
「久しいの、薬屋。今回は世話を掛ける」
「いえ、私こそ、お力になれますよう尽力したします」
ガスが商売上の一人称『私』を使い、彼女に深く頭を下げる。
「そちらが勇者殿か」
ローラさんより濃いとろりとした蜂蜜色の瞳が私を見た。
「妾はこのハニービー達のクイーン。我が娘達の為、どうかその力を貸しておくれ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
事件が発覚したのは半月前だった。
その日の夜、四合目のお花畑に食料集めに行った、外働きのハニービーが一人、帰って来ていないという報告がローラさんの元に上がった。
冬ごもりからのようやくの春。お城から出た者が久しぶりの外に、蜜集めに夢中になって遅くなることは毎年のようにある。ローラさんも今回もそうだろうと思って、部下に探しに行くように命じた。が、その部下も朝になっても帰って来ない。不審に思ったローラさんは部下を一人連れて、お花畑に向かった。
朝露にしっとりと濡れるお花畑には、二人の姿は無く、花の間に花粉団子を入れる背負子と空になった蜜の瓶、そしてレイピアが転がっていた。もしかしたら何者かに襲われたのかもしれない。二人は名を呼びながら、手分けして探した。
日が高く昇ってしばらくして、突然、部下の悲鳴が響いた。ローラさんが振り向くと茶色の蔓に足を捕られた彼女が近くの森に引きずられていくところだった。
急いで助けに向かうローラさんを別の蔓が襲う。避ける彼女の前に森の木の影から巨大な金獅子草の花が現れた。
花は部下を花の中に引き寄せると閉じ、咀嚼するように根本を動かす。そして、唖然とするローラさんの前で彼女のレイピアだけを吐き出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
薬箱の蓋を開け、そこから出した綴りにペンで話を書いていたガスが顔を上げる。
「事件が起きる前に縄張りに魔物、もしくは魔法が使える人間が入った気配を感じたことはございませんでしたか?」
彼の質問にクイーンは白い面を横に振った。
「いや、冬の間も感じたことはない」
クイーンの役目は子を産むことと、娘達を守ること。縄張りにはクイーンにより結界が張られ、そこを誰かが通ると彼女は感知出来る。
さっき、ローラさんと私達が通ったときは、彼女はフランや影丸の気配も感じ取れたらしい。
「……おお」
気配を消すのが得意だという影丸が感心の声を漏らす。
「……だとすると……」
ガスは綴りを繰った。この綴りにはオークウッド家の者が『人ならざりしもの』達に頼まれ解決した事件が記録されている。その過去の事件を彼が見ていく。
「お山に最近、崖崩れや土砂崩れはありませんでしたか?」
「冬ごもりが開けたばかりで、まだお山の全体の様子は見てないが……」
首を傾げるローラさんの向こうで、クイーンが顔がこわばった。
「薬屋、もしや……」
「はい。もし、その怪物が本当に金獅子草が姿を変えたものだとしたら、その可能性があります」
ガスが振り返り、私を招く。
「幸い、こちらには勇者がいます。まずは怪物を検分し、怪物がいたというお花畑と森に土砂の流れ込んだ跡がないか捜索しましょう」
「解った」
クイーンが固い表情のまま頷く。
「何卒、我らハニービーを救って欲しい」
彼女は私達に向かい深々と頭を下げた。
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