第8話 共和国へ
一行はすぐに農村を発った。
火事は村民たちの必死の消火活動により、戦闘が終わった頃にはほとんど鎮火していた。村の前の街道には生々しい戦闘の跡が残っていたが、村民たちが後処理は行ってくれるという。村長から感謝とともに金品の支払いを打診されたエレノアは丁重に断って代わりに戦闘で犠牲になった護衛部隊たちの供養をお願いした。
「さあ、行きましょう」
破壊された馬車は一台乗り捨て、二台体制で道を急ぐ。
予定では近隣の都市で一泊する段取りになっていたが、先ほどの小隊から報告を受けた追手が到着する前に道を急がなくてはいけないため、限界まで進んで野宿をすることにした。
日が暮れ、これ以上進むのは危険だと判断したところで、一行は馬車を停めた。
「よし、このあたりに拠点を作るか」
「では私が火を起こそう。少し待っていてくれ」
セレナは近くに転がっている木の枝を集めると、鞄から火打石と火口を用いてものの一分で二つの火を起こした。御者と護衛部隊が大きな火、エレノアとヘルム、セレナの三人が小さな火を囲む格好になる。
「今日は大変な一日だったわね」
エレノアはふうと息をつく。するとしゅんと肩を落としたのはセレナである。
「すみません殿下……私が非力だったせいで、殿下を危険に晒してしまいました」
「え? セレナ、すごかったじゃない。一人で二十人近く倒しちゃうなんて、信じられない強さだったわよ」
「いえ、私は殿下の護衛なのです。あの程度の小隊、殿下に近づけることなく瞬殺できなければ……」
「まあまあ、無事だったからよかったじゃない」
敵陣営の小隊と遭遇するというアクシデントに見舞われながらも、護衛部隊数人の犠牲で済んだのは僥倖だった。エレノアは味方の犠牲に心を痛めていたが、ヘルムにとっては想定の範疇だ。
と、そこでセレナは隣に座るヘルムの肩をこつんと叩いた。
「ところでヘルム。お前、あの剣技は何だ? 聞いてないぞ?」
「俺は帝国士官学校出身だからな。帝国式剣術を一応は身に着けてる。さすがに本職には敵わないが、あの程度の練度の兵士だったら何とかなる」
「かなりの腕前だったな……何だか私のアイデンティティが揺るぎかねないから、一度手合わせしておかないか」
「やめてくれ、セレナには微塵も勝てる気がしない」
降参とばかりにヘルムは両手を上げて肩をすくめる。
「それよりも、今日は早く休んだ方がいいぞ。明日は日が昇ると同時にここを発つことになる」
「そうね。わたしは一足先に休ませてもらおうかしら」
「私は見張り番を務める。護衛部隊にも疲れが出ているようだからな。ヘルム、お前はどうするんだ?」
「俺はもう少し起きているつもりだ。共和国との交渉の仕方について、今のうちに思考をまとめておきたい」
「わかった。よろしく頼む」
共和国との交渉はかなり難しいものになる。
それだけに、万全な準備が必要になるだろう。
ヘルムはその日、眠気が限界に達するまであらゆる場面を想定して交渉の策を練っていたのだった。
* * *
「ここが共和国の首都、トーリア……すごく栄えてるわね」
三日後。
一行は、無事に目的の地まで辿り着いていた。
追手を警戒して限界まで速いルートを選択したことが功を奏し、交戦することなく無事に共和国に入国することができた。そこからは特に大きな問題もなく、大きな街道を一直線に進んで首都までやってくることができた。
「エレノアは初めてなのか? この街は」
「ええ、外交で出向くのはだいたい父か兄だったから。神聖国には一度ついていったことがあるけれど、共和国は初めてよ」
共和国は四方で他国に隣接する内陸国家である。
軍事的には兵力を分散させる必要がある点で不利だが、大陸各国を繋ぐ交通の要衝として商業的には非常に好条件となっている。東西南北から商人が集い、首都トーリアは交易の集積地として年中賑わっているのだ。
都市の城壁をくぐると大きな街の左右にずらりと商人が並んでいる。エレノアやセレナはそんな街の風景を物珍しそうに見ていた。
「ちょっと覗いていきたいわね……」
「だめですよ殿下。共和国の交渉に行くのですから」
「わ、わかってるわよ! ヘルム、これから四侯の下に行くのよね?」
「ああ。この街をまっすぐ行けば都市の中心部に着く。貴族街の真ん中にあるのが四侯の邸宅と政治府だ」
王のいない共和国では少数貴族による寡頭制が敷かれている。実質的な最高権力を分掌する四巨頭のことを四侯と呼び、中下級貴族たちは四侯のうちのいずれかの派閥にもぐりこんで中枢での立身出世を狙うというのが大まかな構造だ。
「さあ、行こうか」
――ヘルムにとって最初の大仕事の、始まりである。
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