第1781話・将軍様の宴
Side:北条氏康
京の都か。武士ならば誰もが一度は夢に見るはずだ。京の都にて天下に号令を掛けることを。
やはり、幾年もの年月を経ておる町だと分かる風格はある。されど……。
「随分と荒れておりまするな」
わしの顔から察したのだろう。共に参った家臣が、いかんとも言えぬ顔でそう口にした。
「聞き及んでおった通りということであろう」
尾張を見た後故か、京の都が物足りなく見えてしまう。かつての栄華を偲ばせる町と言えば分かりやすいか。決して口に出せぬがな。
皆で豊かになろうと励む尾張を見ておればこそ、貴人や高僧がひしめくのみと言える町に喜びや夢を持つことが出来ぬ。ここでは東夷として蔑まれながら、頭を下げて生きるしかないのだ。
「内匠頭殿の恐ろしきところよな」
「まことに」
誰もが明日に夢を持てる。寺社ですら成し得ておらぬことをあの御仁は成しておる。京の都で立身出世をと願うのではない。尾張にて明日を夢見て暮らしたくなる。
北条家は三好家との縁組もあり、近々輿入れがある。されど、しくじったのかもしれぬ。結ぶべきは尾張であったな。
なにより、都が尾張に従うとは思えぬ。いずれ、承久の乱に続くほどの大乱となるのではないのか? 無論、朝廷もそれ故に尾張に御幸をされたのであろう。
ただ、東国が心から帝と都に従うことはあるまい。
「
「大人しゅうございます。あの船と尾張を見て騒ぐお方ではございませぬ故」
安堵した。あのお方がおかしなことを考えると面倒になるからな。すでに鎌倉の世とは違う。東国の海路はすべて久遠家に制されておるのだ。北条とて里見と同じく西からの品が手に入らぬようになる。関東すべてが兵糧攻めにあうようなもの。
さらに兵を挙げたとて、金色砲と鉄砲が石礫の如くこちらに飛んでくる。坂東武者の面目と意地と共に関東が終わるだけだ。
関東では当主が自ら参ったのは、わしくらいだ。
「殿、そろそろ支度致しませぬと」
「ああ、そうだな」
今宵は公方様の宴に招かれておる。公方様と古河の御所様を上手く繋がねばならぬな。
Side:久遠一馬
今日は諸国から来ている人たちを招いて、義輝さん主催の宴だ。場所はもちろん、オレたちも滞在する武衛陣になる。
まあ、オレは例によって参加するだけなんだけどね。ただ、参加することに意味がある。義統さんと信秀さんのお供として控えているだけでいい。
足利一族、幕臣、守護など、それぞれ立場に応じた席次になる。オレは信秀さんの猶子ということで信秀さんの隣だ。
席次は結婚式に似ている。一族、家臣、守護など、それぞれの立場に分かれて幾つかの列があり座る。ただね……。
「席次を決める時に苦労したでしょうね」
つい漏れた本音に、一緒にいる義統さんと信秀さんが少し苦笑いを見せた気がした。
関東公方、古河公方とも称される足利
「あれ、皆様、こちらなのですね」
ちょっと驚いたのは、義元さんと吉良義安さんが、足利一族の席ではなく織田家家臣としての席にいることか。オレ、今回はほんとなにも聞いてないんだよね。
「当人らが望んだのだ。御屋形様とわしはいずれでもよいと言うたのだがな」
「席次が良うなっても、居心地がいいわけではないからの」
ああ、なるほど。主家よりいい席に座っても落ち着かないか。
ちなみに出席者には、武田、姉小路、小笠原、京極、斎藤など、織田家中でも守護と守護代クラスの家柄の人が揃っているので、顔ぶれだけだと織田家家臣だけでもオールスターのように見える。
もちろん他も負けてない。当主名代の使者ならば、北から南まで大勢来ている。奥羽で言えば、斯波一族である大崎や最上と、伊達などが名代の使者を寄越した。
義輝さんの権威が日ノ本すべてに届いている証でもあるだろう。少なくとも史実の頃とはまったく違うはず。
しかし、譲位の時も諸国から名代が集まったらしいけど。こうして参加してみると、宴の場を調えるのも大変そうだなと思う。織田家もこういう行事を差配する経験はあまりないからな。いろいろと勉強になる。
それと細川京兆に関しては、丹波守護である氏綱さんがいる。未だ管領である晴元は当然ながらいない。あの人をどうするんだと幕臣も随分悩んだらしいけど、義輝さんは彼だけは許さないという姿勢は変わっていない。
一応、第三者を介して知らせることはしたものの、あとはどうしようもなかったらしいね。
「美味しそうですね」
うん、オレたちが注目を集めているのが分かる。ただ、正直なところ今日は本当に気楽だ。
堂々としていればいい。さっき晴具さんと少し話したらそう教えを受けた。あまり下手に出るなということだと理解している。楽しむくらいでいいだろう。
宴のメインは、タレでいい照りをしている鰻の蒲焼きだ。料理番は足利家に仕える人もいるものの、武衛陣の人もいるからね。手伝ったんだろう。全体としては、この時代の京料理が基本だけど、エルが京の都に伝えた鰻料理を筆頭に尾張料理も数品ある。
義輝さんの立場を考慮して、観音寺城には必要な食材とか送っているしね。足利家の料理番も知っている料理があるんだ。
さて、肝心の宴だけど、義輝さんのお言葉から始まった。
ただ、久々に緊張感がある宴だ。最近の尾張だと宴は楽しいものばっかりだったからなぁ。
少し見ていると、古河公方や平島公方は緊張というか物静かだし、細川氏綱さんも大人しく料理とお酒を飲んでいる。細川京兆に関しては義輝さんに疎まれていることが有名だからね。腫れ物に触るような扱いなんだ。
ただ、義輝さんが古河公方や平島公方に優しく声を掛けている。ふたりともその様子に少し驚きの顔をしているね。
面倒見がいいところもあるんだ。義輝さんは。一族を新しい世に連れていきたいという思いはあるんだろう。
ああ、尾張産の小魚の大野煮。これも甘辛くてお酒によく合う。
「たまにはこういう席もよいものであろう?」
「そうですね。楽しいです」
オレは信秀さんや周囲の皆さんと話をしながら、のんびりとした宴になる。確かに注目を集めるものの、家柄がそこまでないからね。そこまで知らない人から声を掛けられることもないし。
ちらりと見ると幕臣の皆さんがホッとしているのも見えるけど。
ほんと、成功とか失敗とか気にしなくていいの楽だわ。
◆◆
本年最後の更新になります。
近況ノートにちょっとした大晦日SSを掲載しました。良ければご覧ください。
今年もいろいろとありましたが、書籍の購入してくださった方と、こちらで読んでくださる方には特に感謝しかございません。
どうか、皆様も良いお年を。
そして、来年こそ、平穏な世の中になることを祈っております。
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