第1780話・隆元の苦悩

Side:毛利隆元


「公卿も公方様も、お忙しいようでございまする」


 あまりに冷たい都の様子に、竺雲じくうん恵心えしん和尚が旧知のところに出向き様子を聞いてきてくだされたのだが……。


「それはいかなる訳でございますか?」


「いずこも話に出るのは尾張の名ばかり。斯波武衛様、織田弾正様、久遠内匠頭様。この方々が上洛されておるということで、いかになるのかと気を揉んでおるようでございまして」


 尾張……、隆光殿がおる地だ。亡き御屋形様の涼しげなお顔と遺言が頭をよぎる。


「尊氏公の法要であるぞ。斯波は分かるが、織田や久遠などたいした家柄ではあるまい。毛利家は名門ぞ」


 供の者のひとりが不満げに和尚に問うと、他の者も同じような顔をしておる。


「さにあらず、織田弾正殿は仏と称されるほどの徳がある御仁であり、久遠内匠頭殿は日ノ本の外に領国があるとか。さらに尾張勢は朝廷に数多の献上をしており、院や帝の覚えもよいとのこと。かの御仁らが揃い上洛したのでございます。朝廷も公方様もそちらを気にするのは当然のこと」


 供の者らは未だ不満げだが、わしは和尚の話に得心を得た。朝廷や公方様とて苦しいのだ。天下を左右するほどの者らが上洛しておるとなると、分が悪いのは致し方なしか。


 帝が親王であった頃に天杯を受けし男というのは事実のようだしな。


「成り上がり者が!」


 ただ、他の者は理解せぬか。勇猛なのも構わぬが、この場ではいささか相応しゅうない。


「止めよ」


「さような甘いことを言うておると、お父上にお叱りを受けることになりまするぞ!」


 いずこに耳があるか分からぬ。おかしなことを口にせぬようにと止めるも、それが面白うないのか、老練な者がわしを戒める如く放言を口にした。


 言い分は理解するのだ。されど、ここは戦場いくさばではない。今は朝廷や公方様の御内意を察して動かねばならぬ時。相手がいかほどの者かなど関わりなきことなのだ。


 畏れ多くも朝廷や公方様の見立てに異を唱えるつもりか?


「いずれにせよ、あまり騒がれぬほうがいいかと。尊氏公の法要でございますれば、参列するだけで十分でございます。下手に動いて諸国から集まる者らに毛利の恥を晒すことになっては一大事でございましょう」


 しばし互いに言葉が途切れるが、恵心えしん和尚がわしの心情を察しつつ場を収めてくださった。


 亡き主君の首を守り遺言を後継たる尾張に届けたと、隆光殿の名が天下に轟いておる今動くのは得策ではないのだ。真偽のほどがいずこにあるかではない。かように荒れた世なればこそ、まことの忠義を示した形になった隆光殿の言葉が重んじられる。


 それでも、いずれ時が来れば毛利にも日が当たる時があるはず。


 あとは、管領代殿と斯波武衛殿には挨拶に出向くか。特に尾張には隆光殿もおられる。大内の後継をいかがするかは、葬儀で喪主を務めた隆光殿次第というところもないわけではない。


 世評のままに周防に戻れば、隆光殿と共に大内家再興のために動く者もおろう。


 尾張は遠いものの、噂の黒い南蛮船があらばまったく考慮せずとも良いとまでは思えぬ。事実、博多の商人ですら幾度も尾張に足を運んで友誼を結ぼうと必死なのだ。


 まあ、斯波と織田が周防に関わるとは思えぬがな。日の出の勢いと聞き及ぶほどよ。挨拶のひとつもしておいて損はない。




Side:久遠一馬


 毛利隆元が京の都に来ているらしい。


 あちこちに出向いて挨拶回りと贈り物をしており、尊氏公の法要に参列するみたい。会ってみたいひとりになるんだけど、特に接点もないし、オレが会いたいというと注目されるから無理だろうね。


 毛利家、少し評判が悪い。特に確証のある話ではないけど、陶と共謀して大内義隆さんを討つのに加担したと噂がある。実際にはただ傍観していたというか、毛利が陶隆房に対抗するのも難しいだろうし、日和見をしていただけだろうけどね。


 毛利と斯波と織田との関係は可もなく不可もなく。隆光さんの家族をこちらに移す時も特に邪魔をしなかったし、周防からの移民も黙認というか手を出していない。


 ただまあ、毛利は以前から朝廷や義輝さんに献上したりしていたところだ。安芸・周防・長門辺りを平定すると相応に認められるだろうね。


「ああ、いくつかの寺の使者から、内々に詫びを受けたわ。少しばかり愚かなことをした者がおったとな」


 夕食時、信秀さんから今日あった出来事を聞いていると、思わず苦笑いをしてしまったかもしれない。


 自分たちの寺に参拝に来いと動いたところの一部から、さっそくお詫びが届いたか。あくまでも非公式なんだろうけどね。寺の総意ではないと示したかったんだろう。無量寿院の件は知らないはずもないからね。


「騒ぎ立てても、こちらに利はあるまい?」


「はい。そのまま流していいかと」


 寺社も朝廷も公家も一枚岩ではない。内部はドロドロの権力闘争があるからなぁ。オレたちを参拝させて功としたかった者が相応にいたんだろう。


「そういえば、上様のご機嫌が良うないと聞いたが?」


「そのようでございますね。エル、大丈夫だよね?」


 一方、義統さんは別のことを気にしているらしい。


 オレもまだ義輝さんに会ってないから真意は分からないけど、念のためエルに確認すると特に心配してないみたいで笑みを見せた。


「ええ、懸念には及ばぬと思います。少し強めに叱ったという程度でしょう」


 晴元のところにいた幕臣の一部を許したことで帰参したんだけど、そこで彼らが義輝さんの怒りを買ったとかで騒ぎになっているんだよね。


 あの件、尾張で塚原さんと相談して、オレたちと塚原さんで一緒にそろそろ許してもいいのではと進言したんだよね。


 仮に彼らが晴元に情報を流してもたいした影響ないし。ほんと主義主張がない人ほど使いやすいんだ。


 もう少し言うと、晴元派というか細川京兆に近い者たちは、今後、義輝さんが従えていかないといけない。なにかがきっかけで細川京兆がまとまると厄介だし。多数派工作はやっておいて損はないんだ。


 ただ、義輝さんは、もともと人の好き嫌いは激しくて、敵か味方かで物事を見る人だからなぁ。


「鰻が美味しい」


「そうね。脂も乗っていい鰻だわ」


 夕食は和やかだ。ケティとヘルミーナは料理を楽しんでいるくらいだ。料理に関しては武衛陣の皆さんが出してくれたものだけど、尾張の味なので少し驚いたくらいだ。


 武衛陣に滞在する皆さん、最近では尾張に戻っていろいろと学ぶこともあるし、こちらも本当に頑張っているんだよね。


 慣れ親しんだ尾張の料理を出してくれる心遣いが嬉しい。


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