第1770話・とある再会のその後

Side:久遠一馬


 農業試験村に視察にきたら、おかしな場面に出くわした。まったく。もう少し考えて行動してほしい。


 思わず介入してしまった。六角家との騒動なんて洒落にならない。


「内匠頭殿、かたじけない」


 オレはそのまま久政さんたちを昼ごはんに誘って代官屋敷に入ると、久政さんと幸次郎さんが深々と頭をさげてくれた。


「いえ、面倒になる前に終わらせることが出来て良かったですよ。上手く話を合わせてくださって助かりました」


 多分、久政さんとオレは同じことを考えていたはずだ。あの場できちんと終わらせる。ここ最近のこの人の世評なら、こちらの意図に合わせてくれると思ったから相応に動いた。


「やはり、そのつもりでございましたか」


「管領代殿ならば懸念ないと思いますけどね。尊氏公の二百回忌もあるというのに、妙な噂は困るんですよ」


 気持ちは分かるが、あの人は誰も得をしないことをした。何年も前に出奔した弟を見て許してないと怒るなんて、義統さんが聞いたら嫌がるのが目に見えているのに。


 六角家としても、せっかく北近江も含めて安定してきたのに、北近江で影響力のある久政さんにおかしなことでケチを付けてもいいことなんてないんだ。


「ああ、昼餉ですけど、もう少しお待ちください。実は人を招くつもりなんてなかったので、本当になにも用意してないんですよ」


 そもそも、オレたちもここでお昼を食べる予定なんてなかった。今、エルがなにか作っているだろう。あの男と引き離して、久政さんたちときちんと話しておかないといけないから連れてきただけで。


「申し訳ございませぬ」


「謝罪はいいですよ。こちらにも非があることです。ただ、後学のために教えてほしいのですけど。幸次郎殿、なにをしてあそこまで嫌われたので?」


 久政さん、安心した様子でありつつも少し顔色が悪い。あとでしこりにならないか気にしているんだろう。オレが頭を下げたことも面倒になりかねないからなぁ。


 キリがないので話を変えようか。


「理由でございますか。さて、いずこから話すべきか。某は幼き頃より嫌われておりましてな。馬が合わないと言えばそれまで。ただ、あの兄の下で働くのが嫌になり旅に出たのでございまする」


 わりと真剣に考えているけど、この人それなりに有能っぽいんだよね。それがかんに障った気がしないでもないなぁ。嫉妬深い人はどこまでも嫉妬深いし。


「まあ、後先考えないで怒鳴る人の下で働くのは嫌だよね」


 感情優先の人、元の世界でもいたね。落ち着いていると悪い人ではないのかもしれないけど、あまり友達になりたくないタイプであることは確かだ。


「お待たせしました。他家の方を招く料理ではございませんが……」


 その後も関家や幸次郎さんの実家の話を聞いていると、エルがお昼を運んできた。玄米ご飯と味噌汁。それと干し鰯を焼いたものに、モヤシ炒めと玉子焼きがある。


「いや、ありがたく頂戴致しまする」


「ほう、これは内匠頭殿が、尾張の民のために広めたものばかりではございませぬか」


 エルも反応を少し気にしているけど、久政さんは普通に食べようとした。ただ、幸次郎さんがここで思いもよらないことを口にすると、他の久政さんの家臣たちが驚き料理を見ている。


「そなたはよう気付くの」


 なんとなく察した。こういう細かいところに気が付くことが疎まれた原因ではと。本人が気づいているか分からないけどね。久政さんも少し微妙な顔をしている。


 もっともな意見だけど、一言多い人物なんだろう。


「いろいろと考えたんですよね。人がなるべく病に罹らず長生きするには、いろいろなものを食べるほうがいいので」


 まあ、せっかくなのでこういう地味な政策について話していこうか。経験則から食べるものと長生きについて知っている人もいるけど、それをきちんと考えて政策として実行に移した人って、あんまりいないんだよね。


 領民が健康で長生きすると、経験を積んだ働く人も増えて領地も富む。そういう好循環について教えると、意外に驚かれるんだよね。




Side:織田家伊勢衆


 伏したまま震える男に怒りが込み上げてくる。すぐにでも腹を切れと言いたいところだが、内匠頭殿はそれも望むまい。


 この男のせいで、わしまで累が及んだかもしれぬというのに。


「六角家中に無礼を働くとはな。関家に関わる者は無礼者ばかりか? そのほうはすぐに伊勢に戻れ。上に報告せねばならぬ。沙汰あるまで大人しくしておれ」


「はっ、腹を切りまする!」


 このたわけが!! 思わず蹴り飛ばしたくなるのをぐっとこらえる。


「それで? 内匠頭殿に頭を下げさせたばかりか、次は遺恨なしと収めた面目に泥を塗るのか? 己如きが左様なことをすれば、内匠頭殿が許しても大殿が許さぬぞ」


 駄目だな。思慮に欠ける男だ。他の者に命じておかしなことをせぬように見張りを付けねばならぬ。


 遺恨あるなら後で呼び出せばいいものを。浅井殿とて、内々ならば相応に配慮もされたかもしれぬというのに。


「弟殿も出奔するはずだ」


「ああ、内匠頭殿が収めねばいかがなったのやら。相手は六角だぞ。公方様の信も厚い。内匠頭殿でなくば大殿の裁定が要る件だ」


「浅井殿は確か、八郎殿が仲介して斎藤家と和解しておる。大殿とも縁があり、己如きが口を利いていいお方ではないわ」


 立ち上がらぬ愚か者に周囲におった者らも呆れておるわ。背筋が冷たくなったのは、わしだけでないらしいな。


「守護様は親兄弟で争うのをもっとも嫌う。奥羽浅利家の顚末を聞いても間違いなかろう。お耳に入るといかがなるのやら」


 あとで内匠頭殿のところに出向いて、この後のことを話さねばならぬな。この男の処遇もわしにはいかがしてよいのか分からぬ。


 久遠家では、勝手な先走りをする者を嫌う。伊勢で幾度か内匠頭殿の奥方殿が差配した時に左様に教えを受けた。確と話をして内匠頭殿の意向に合わせて動かねばならぬ。


 まあ、苛烈なお方ではないからな。わしが処罰されることはあるまい。


 ともあれ、いつまでも立ち上がらぬ男を他の者が立ち上がらせると、この場から離すように連れ出していく。浅井殿が代官屋敷から出てくる前に動かさねば。


 せっかく内匠頭殿が愚か者と離したというのに、それを無駄にすることだけは避けねばならぬわ。




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