第1751話・義元の功績

※活動報告にカクヨム様の説明を書いてあります。

ご一読お願いいたします。





Side:丹羽長政


 松の内も明けたこの日、駿河には武官と警備兵、今川家臣と黒鍬隊合わせて一千の兵を今川館に集めた。


 皆、戦と変わらぬ顔付きであるな。


「では、始めると致しまするか」


 わしは駿河警備奉行としてこの地におる。駿河武官大将もおり、駿河代官である今川家臣もおるが、罪人の捕縛は警備兵の領分ということで此度は差配を任された。


「決して無理はされるな。特に寺社が引き渡しを拒みし時は一旦退いてくだされ」


 一気に攻め落とさんと意気込む御仁も今川方にはおるが、相手には寺社の者も多い。慎重に事を運ばねばならぬ。織田は今までも寺社を相手にしておるが、すべて大殿や久遠殿が入念な策を用いておこなったこと。


「いざ、出陣だ!」


「おー!!」


 正しくは戦ではないのだがな。皆、功を挙げる場に飢えておる。やり過ぎねばよいのだがな。それだけは懸念が残る。




「駿府における罪人はすべて捕らえ終えました。他の駿河・遠江においても数日中のうちに捕縛を終えましょう」


 代官である今川治部大輔殿に報告をする。斯波武衛家家臣であったわしが、今川の当主と対等な形で働くとはな。世の移り変わりを感じる。


「そうか。それは祝着じゃの」


 治部大輔殿は安堵の笑みを見せた。ほんの少し前までは今川を支えておった者らであろうに。かように容易く見切りをつけるとは。


「ただ、幾人かは治部大輔殿に問うてくれと騒いでおりまする。また関わりがある者が、こちらに目通りを願いすぐに参りましょう。もしお望みならば、すべて某の役目として済ませまするが」


「それには及ばぬ。わしに任せておけ。これでもこの地の者の扱いは慣れておっての」


 今川として支えておった者らを相手にするのは辛かろうと配慮も示したが、容易いことと言いたげに笑ってしまわれたわ。


 今ならば分かる。内匠頭殿や大智殿が今川を恐れておったわけが。心中は決して笑っておるまい。されど、これもまた今川が生き残るのに必要なことだとご理解されておられるのだ。


「はっ、ではそのように」


 罪人どもは懸念がある相手ではない。とはいえ不満を抱えており、治部大輔殿が動けば織田の敵となった者らだ。大殿は内匠頭殿らが仕えてから仏と称されるほど穏やかになられたからな。気にも止めておられぬようだが。


 大変なのはこれからであろうな。治部大輔殿の覚悟を知った駿河と遠江の者らは、いかに動くのであろうか。




Side:久遠一馬


「祝いの品や料理ありがとうございまする」


「ご立派になられましたね」


 松の内も過ぎて数日が過ぎると、元服を済ませた竹千代君こと次郎三郎殿が改めて挨拶に来てくれた。昨日も会ったし、ちょくちょく会うんだけど、正式な返礼として今日は来てくれたようだ。


「ひとりの武士として懸命に励みまする。無論、無理をせず長生きするように」


 ふふふ、エルと顔を見合わせて笑ってしまった。ちゃんとオレたちが教えたことを分かっているんだから。これほど嬉しいことはない。


「教え子を送り出すような心境ですね」


「そうだね」


 エルも嬉しそうだ。史実の偉人ということはもうあまり頭にない。何年も一緒に遊んだり勉強を教えたりしたりしたんだ。お母さんと一緒にいて甘えていた頃が少し懐かしい。


「殿、無粋ながら御免。駿河からの報告でございまする」


 オレたちを現実に戻したのは望月さんだ。伝書鳩を用いた報告か。


「良かった。大きな蜂起はなかったか」


 騒動として小さくはない。まさかの捕縛に一部では混乱もあったようだし、小さな寺社では罪人を渡さぬと抵抗したところもあったそうだ。中には義元さんが助けにくるからと、寺社に立てこもって籠城しようとしたところも僅かにあったみたい。


 ただし、商人は逃げる間もなく手向かって斬られた者以外は捕縛出来たようだ。


「寝耳に水とはこのことでございましょう。今川家においても朝比奈備中殿など僅かしか知らされておらなんだとして慌てておるとか」


 今回騒いだのは、情勢や織田の治世を理解してない下っ端の坊主とか中小の商人が多い。とはいえ彼らは長年今川家を支えていた者たちになる。


 誰が自分たちを売ったんだと騒ぎになっても当然だろうね。義元さんの命だと言っても信じない人もいるそうだ。


「まあ、大丈夫だろうね。治部大輔殿なら」


 ひとつ間違うと、駿河と遠江が信濃や甲斐のように荒れる恐れもあるけど。義元さんだしなぁ。一連の支度と捕縛を見ていると、警備兵や武官の手際がいいのもあるけど、家臣をしっかりと押さえて情報管理もしていた。代官としては百点満点だろう。


「功を稼ぐのが上手いと言えば、言い過ぎでございましょうか」


「いや、その通りだと思うよ」


 望月さんも唸っている。義統さんと信秀さんへの忠義を示しつつ、織田の治世をきちんと理解して働けると示した。もう少し言うなら、実は彼を代官にと推したオレたちに行動で返礼を示したとも言えそう。


 彼の失敗はオレたちの失点にもなりかねないからな。通常なら。信秀さんたちとは合意の上だから実際には変わらないけど。


 ただ、エルは望月さんの言葉に笑みを浮かべた。


「いいのですよ。理と法にそうのならば功を競うことも大いに結構なこと」


 出世争い。織田家中にもあるんだよね。家柄や序列はあるものの、当然個人で挙げた功により役職や俸禄も変わるし、発言権や立場も変わる。


 太平の世が来る前に、新たにいろいろと出世争いに関しては決まりごとが必要だろうけどね。殺し殺され、武器を持って争う時代からようやく変わり始めた。この一歩は果てしなく大きい。


「出雲守殿だって一国の代官は務まるんだけどね。いないとオレたちが困る」


「某は要らぬと言われるまでお仕えする所存」


「なら隠居するまでお願いするよ」


 望月さんもウチの家臣として優れていると実感する。生涯仕えるとか命を懸けてなんて絶対に言わないんだ。オレが望まないから。


「ありがたき幸せでございます」


 嬉しそうに笑う望月さんの顔がいい。忠義を認められたとかそういうんじゃないんだ。分かっているけど、言葉に出して聞くと嬉しいと理解しているんだ。


「まあ、オレのほうが先に隠居するかもしれないけど」


「プハハハハ!」


 おっとウケたな。思った以上にウケたみたい。控えている資清さんとか、家臣や侍女のみんなも笑ってしまった。


 冗談はさておいて、これで駿河と遠江は落ち着くだろう。さすがだね。最後まで敵に回さなくて良かったよ。


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