第1743話・正月の久遠家

side:久遠一馬


 年が明けて二日目からは初詣がある。これ、ウチが広めた習慣なんだけど、寺社はそれぞれに工夫を凝らして人を集めるべく試行錯誤をしている。


 当然ながら、それぞれの寺社で考え方や教義などが違うものの、突き詰めると信徒が増えて人が集まることが重要であるということは同じといえる。


 ここ数年で正月に参拝することが増えたことで、いかに人を呼ぶかということを考えているところもそれなりにある。


 中には身分ある人を中心に物事を考えていて、領民が集まることを軽視する寺社が少なからずあることを考えると、個人的にはいい変化かなと思っている。


 初詣も済ませてのんびりとしていると、一益さんが戻ってきた。


「殿、南部殿らは蟹江の温泉に案内しておきました」


「ご苦労様」


 正月早々、仕事を頼んで申し訳ない。ただ、誰か案内する人を頼むと、志願してくれたんだ。


 奥羽衆。新たに臣従した南部や浪岡以外にも、安東愛季さんの弟である茂季さんなども来ている。基本として清州城に滞在しているんだけど、なかなか気を抜けないようだという報告があったので、季代子たちと相談して少し外に連れ出すことにしたんだ。


 とりあえず温泉でも入ってのんびりしてほしい。


「ちーち! ちーちのばん!」


「うん、じゃいくぞ」


 オレの正月に関しては、妻たちとよく話をして、子供たちと遊んでやる時間を大切にしている。子供たちは楽しそうだ。みんなが集まって構ってくれるからだろう。


 まだ歩けない子たちもどこかご機嫌に見えるほどだ。


「あら、あなたも上手ね」


「ふぇ?」


 どこからか素っ頓狂な声が聞こえたなと思うと、十歳くらいの女の子だろうか。物静かにお絵描きをしている子にメルティたちが注目している。少し前に孤児院に来た子だなぁ。


 十歳の女の子となると、結構しっかりしている。特に手間も掛からない子だったから名前くらいしか知らないや。確か、いよと名乗っていたはず。


「ほう、確かに。これは才を感じまするな」


「ああ、構図がよい」


 ああ、絵が注目を集めたことで、雪村さんたち絵師も見始めて女の子が戸惑っている。ただ、怯えている感じはない。どこか嬉しそうでもある。


「今度、学校にいらっしゃい。絵の描き方や学問とか教えてあげるわ」


「はい!」


 最終的にはアーシャが学校に誘っている。こういうところから自分の才能とかやりたいことが見つかるんだろうか?


 この時代の子供たちは遊びも勉強も楽しいんだろうなぁ。ジュリアとかセレスに武芸や兵法を教えてもらっている子もいるし、シンディの茶の湯を教えてもらっている子もいる。


 小さい子から元服した子まで年齢幅が広いので、本格的な指導というよりは遊びながら教えている感じだけど。子供たちの体験会みたいな雰囲気かな?


 孤児院には一緒に暮らしているお年寄りもいる。オレたちが尾張に来た最初の年にあった流行り病で捨てられた人たちだ。彼らも一緒に正月を過ごしているんだけど、賑やかなことを楽しんでくれているようで嬉しい。


 孤児院のみんなは、こういう場では身分とか立場を表に出さないで楽しんでくれるんだ。おかげでオレも楽しめる。


 今日のお昼のお雑煮はオレがみんなに振る舞うんだ。喜んでくれるかな?




Side:孤児院のお年寄り


 なんと賑やかで楽しい正月であろうか。かような正月も今年が最後かもしれぬの。寄る年波には勝てぬ。


 まあ、ここ数年は正月がくるたびに同じことを思いつつ生きておるがの。


「じーじ、ほんよんで」


「おお、ええぞ。読んでやろう」


 幼子にねだられて絵本を読んでやることにする。


 若い頃、腕っぷしを認められて村を治めるお方の下男として勤めたことがある。文字を読むことはその頃に少し教わった。正直、あまり役に立つと思わなんだが、今になると役に立っておる。


 己の名くらいは読めるようになれと笑うて命じたお方は、すでにおらぬ。


 久遠の殿が尾張に来られる前に亡くなられた。代替わりを機にわしはお役目を辞して村に帰ったが、長年留守にしていた村に居所などなく、子もおらなんだことで流行り病の際に出ていけと追い出された。


 いつ死んでも構わぬ。長生きなどしたくもない。そう思うて村を出た。


 ただ、同じ時に追い出された者には幼子や乳飲み子すらおった。助けを請うような幼い子の顔にわしはなにも出来ず、共に死んでやるだけしか出来ぬ己に苛立ちすら覚えた。


 あれからもう十年近くなるのか。長生きし過ぎたのかもしれぬ。


「寝てしもうたの」


 絵本を読み聞かせておった子が寝ておる。正月は殿のお屋敷で朝から晩まで皆で騒いでおるからの。遊び疲れたのであろう。風邪など引かぬようにと着物を掛けてやる。


 捨てられた子が屋根のあるところで暖かくして眠れる。なんとありがたいことであろうか。この子らはそのありがたみを伝えていかねばならぬと常々思う。


「殿、いかがされましたか?」


「ああ、たまにはオレが昼餉の支度をしようかなと思って。子供たちの相手をお願いね」


 おひとりでいずこかへ向かう殿に気付いたのでお声を掛けた。ご機嫌な様子であることもあり、わしは素直に従い見送る。


 本来ならば、わし如きが声をおかけしてよいお方ではない。とはいえ、そういう扱いを好まれぬのだ。民にも気軽に声を掛けられると喜ばれておるからの。


「じーじ! あそぼ!」


 おっと、しばし物思いにふけりておると、着物を引く子がおった。幼子が多いと大変じゃの。殿のお子も孤児も皆、楽しそうで騒いでおられる。


 尾張では戦や小競り合いがなくなり、若い者の中には物足りぬと言う者すらおる。されど、この幼子らはそれが当たり前なのじゃ。


 子がおらぬ故に思うところもある。


 わしが生涯を通して学んだこと、得たことを、誰にも残せなんだ。故に、少しでも幼子らに残せたら……。


 さすれば、もう思い残すことはない。




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