第1742話・一歩ずつ

side:久遠一馬


 織田家の新年会は全体として、盛り上がって上手くいったと思う。ただし……。


「そうか」


 昨日の新年会について、エルたちと信長さんから言われたことについて考えているけど、オレもまだまだ未熟ということだと改めて思い知らされた。


「間違っているわけではありませんが、元の価値観が違うので案じてしまうのでしょう」


 一言で言えば、信長さんに心配をかけてしまった。


 エルは言葉を選んでくれているけど、心配をかけるような動きは戒めるべきだった。他ならぬオレたちが、そんな働きを織田家の皆さんに求める限りは。


 裏切りや謀叛が当然の時代。急速に拡大する領地と家臣。これをいかに上手くひとつにまとめるか、それに腐心していたつもりなんだけど。


 領地制を廃止したことや、統治体制の変革、この新しい体制に皆さんをいかに上手く繋ぐかという意味では、宴でのコミュニケーションって大切なんだよね。やっぱり。


 ただ、他ならぬオレが仕事を忘れていなかったというのは、盲点というか失点だ。


「うーん。宴の席では、あまり動かないほうがいいかなぁ」


 正直言おう。身分ある立場というのが、どうしても馴染まない。偉そうにすることも、仕事以外で人を使うことも抵抗感のほうが大きいんだ。


 それよりは皆さんに話しかけて盛り上げているほうが楽しい。典型的な小市民と言えばそうだろう。


 とはいえ、気を使っていると周囲が見た時点でアウトだ。


「アタシはそのままでもいいと思うけどねぇ」


「ジュリア?」


「皆で考えればいいのさ。殿がなぜ動くのか。疑問から人は前に進むものだからね」


 うーん。ジュリアはそう言ってくれるけどさ。


「若殿は考えていると思うわ。特に一族の結束を重んじるだけに、一族の宴くらいは、もう少し素のままで楽しんでほしいと願うのは悪いことじゃないもの」


 メルティの言う通りだろう。信長さん、初めて会った頃の反抗期のようなところはすでに影も形もない。義統さんや信秀さんがどんと構えていることで、信康さんや信長さんが一族や家臣をまとめているんだ。


 先々を考慮してオレは動いているけど、信長さんは現状の立場と関係性を重んじている。立場が違うとも言えるし、オレが少し焦っていたのかとも思える。


「どちらにしても一長一短があると思う」


「うん、私もそう思う」


 ケティとパメラはどちらとも言えないという感じか。産休のセレスや千代女さんたちは、この場にいないので、いるメンバーで話しているんだけど。なかなか難しいなぁ。




side:山科言継


 穏やかな年始に安堵する。都に戻られた院が新たに始められたことに、多くの者が戸惑うておるからの。


 月に幾度となく院が内裏に御目見になられて主上と茶を飲むなど、誰が思うか。


 さらに解任された蔵人らの処遇を問われ、あまり納得されておられぬことも漏れ伝わると、恐れおののく者も出ておる。


 口の悪い者は、尾張者が取り入りおかしなことを吹き込んだとさえ言うておると聞き及ぶが、それも公には口に出来ぬほど院は変わられた。


 もとより御身にも臣下にも厳しきお方であったが、尾張にて……いや内匠頭が新しき世を見せたことで、院は御身でやれることがあると道を定められたのだ。


「口惜しいの。院や主上が望むことを知りつつ見ておるしか出来ぬとは」


「見ておるだけではあるまい。広橋公。そなたは写本を尾張に送ったではないか。あれは主上も院もお喜びであられる」


 吾は広橋公と話すことが増えた。尾張で共におったこともあり、気心が知れたこともある。他の公卿には理解出来ぬことも話すことが出来るのだ。


 それに、尾張のようにとはいかずとも、図書寮の一件を確かな形として進めたことで院もお喜びであられたのはまことのこと。


「されどな……」


「あまり性急に動かぬほうがよい。その点、内匠頭は慎重な男よ。図書寮という形から朝廷のことを案じて確とした形で進めた」


 広橋公も分かっておると思うがの、それでも日々変わる尾張を知ると焦りが出てしまうということか。吾は広橋公よりわずかに内匠頭をよく知る。特に内匠頭がまだ世に知られておらぬ頃に会うたことは、広橋公との大きな違いなのだと思う。


「広橋公。遠からぬうちに世が動くであろう。その時まで待つべきじゃの。近衛公でも苦労をしておることで動けば愚か者が騒ぐだけであろう」


 止まらぬ。止めようとする者がおらぬのだ。引くに引けなくなっておる管領は事実を知れば止めようとするかも知れぬがな。若狭から出てこられず、一族すらまとめられぬあの男に出来ることは限られておる。


 大樹が尾張の味方をしておるのだ。すべては大樹次第なのかもしれぬ。




side:南部晴政


 他家の城で年始を迎えるとはな。


「ものの価値が分からなくなりそうでございますな」


 年始の祝いとして出される酒や料理が凄まじい。少し酒をと頼むと、金色酒どころか見たことがない酒から好きなものを選べと勧められる。


 罪人とは言わぬが、敗軍の将としてこの場に参り臣従した我らが、軽々けいけいに飲んでよいのか分からず戸惑うたほど。


 無論、求めずとも朝昼夕と豪華な馳走と共に見知らぬ酒が出てくるがな。さらに遠慮せずに飲めと酒が絶えぬように持ってくる。


「これはお方様」


 年始故、政を学ぶことも出来ず大人しくしておると、季代子様が参られた。


「退屈でしょう。少し町を見物してくるといいわ。案内する者をつけるから」


 退屈というわけではないがな。我らが難しき立場で与えられたところから出ぬと聞き及んだようで参られたようだ。


「滝川彦右衛門でございます。よしなにお願い申し上げます」


 案内というから下男かと思えば、滝川家の嫡男だというではないか。忠義の八郎と称される久遠家の筆頭家老の噂はわしでも知っておるわ。


「年始から案内していただけるとは、痛み入る。我らは新参者であり、お方様がたには一廉ならぬ世話になっておりまする。どうかよしなにお願い致しまする」


 奥羽にもお方様がたの側近に滝川殿がおったな。新参者の案内など誰でも良かろうに。


 まあ、少し外に出たいと思うておったところだ。ここは素直にご配慮に感謝して少し町を見物に行くか。一族の主だった者らも少し嬉しそうだ。


 敵地とは言わぬが、気の抜けぬ日々であるからな。


 謀叛を疑われて厳しき目を向けられるどころか、上位の客人であるかの如く、至れり尽くせりで扱われるのも怖いわ。


 彦右衛門殿から、少し話が聞けるか?  我らに何を求め、何故かように丁重な扱いをされるのかくらいは聞いておきたいわ。




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