第1741話・配慮と勘違い

Side:久遠一馬


 新年会が始まると、さっそく楽しげな声が聞こえる。


 お酒もいろいろとあるし、料理も縁起物を中心に手の込んだものが多い。毎年のことながら、新年早々働いている皆さんには頭が下がる思いだ。褒美が出るように手配しておくか。


 料理は本当、変わったなと思う。誰もが変化を実感出来るのが料理のいいところかな。清洲城の料理人なんかは、公家衆などから羨ましいと言われるほどだ。


 上皇陛下や帝はどんな正月を迎えているんだろうか。義輝さんに関しては、観音寺城のほうで過ごすから将軍として相応の宴になっているはずだけど。内裏と仙洞御所に関してはこちらから口を出すことじゃないからなぁ。


 うん? 隣でお雑煮の汁を飲んだ資清さんの顔つきが変わった。


「これは美味しゅうございますな。白醤油でございますな」


 どれどれ。確かに白醤油だね。お正月だし、透き通るような汁にしたいと考えたんだろう。昆布とかつお節の出汁と白醬油の味が絶妙だ。


 寒い季節だし温まるなぁ。


 白醬油。最初はウチで使っていた調味料のひとつで、数年前から尾張でも生産している。基本的には織田家の買い上げで市販に流通していない商品のひとつだ。


 でも、この白醬油はどっちのだろう? ウチのだろうか? 尾張産だろうか。尾張産も最上級の品は、なかなか分からないレベルになりつつあるからな。


 青物としてもち菜が入っているし、雑煮に関しては元の世界と近いものが尾張ではスタンダードになっている。


 尾張だと都の流儀を気にしなくなったからな。それもあるんだろう。去年はまだ上皇陛下がおられたので、あちらの味と流儀に合わせていたけど。


 ああ、おせち料理に入っているイノブタのチャーシューも美味しいなぁ。肉・野菜・魚などをバランス良く使っていて、縁起物も入っているから皆さん喜んでいる。


 でもチャーシューって、八屋で人気の品なんだよね。誰の意見で入れたんだろう?


 まあ、いいか。宴も進んだことで、皆さんもあちこちに動いているし、オレも近くにいる信長さんからお酒を注ぎに行くか。


「かず。正月くらいゆっくりしておれ」


 立ち上がろうとした瞬間、止められた。


 どういうことだろう。こういう席で目上の人とか年長者にお酒を注ぐのは普通のはずだ。特にやらかしたとは思えないんだけど。


「殿、今日くらいは役目をお忘れになられてよいということかと」


 正直、戸惑ってしまったのかもしれない。見かねたのか資清さんが耳打ちしてくれた。


 役目を忘れるって……。


 ああ、オレが動くと他の人も動かないといけなくなるってことか。相変わらずオレは察しが悪い。


 身分や立場の違い。言葉が適切じゃないだろうけど、オレは目上の人に対して同じ人間だと思わないように接している。常に上下関係を基本として考えているんだ。


 目下の人に対しては、オレが上位であることから、自由にさせてもらうという意味で対等に接しているけどね。


 はっきり言うと、そのほうが楽なんだよね。


 まあ、織田家に関しては公の席とか仕事場でない限り、そこまで厳格に身分や立場により礼儀作法とか決まりがあるわけじゃないしなぁ。


 臨機応変に合わせるべきだったか。みんなが羽目を外している時に、ひとり真面目な奴がいると困るようなものだろう。


 そこまでくそ真面目に動いているわけじゃないけど、何事もほどほどということか。


 あと半年ほどでこの世界に来て十年になるのに、未だにこういうミスをするってのが少し情けない。


 今日は大人しくしていよう。




Side:望月出雲守


 殿はご理解されたのであろうか? 失態を演じたと言わんばかりのお顔を見る限りだと、いささか誤解しておられるようにお見受けする。


 若殿は、常に気配りを欠かさず役目を重んじる殿のことを案じておられると思うのだが。


 無論、殿ご自身は無理などされておられぬ。それは若殿もご理解されておる。常に余裕を持たせ、ご自身から休むことで皆も休ませるからな。


 されど……、案じてしまうほどに多くを抱えておられるのだ。殿とお方様がたは。そのうえ、宴となれば目上のお方に酒を注ぎ、目下の者を楽しませるように気配りをする。


 以前、殿はご自身を小心者だと言うておられたことがあったな。それ故に、常に先を考えて支度をして整えるのだと。


 心情はよう分かる。武士が、いつ戦があってもいいようにと武芸や用兵を鍛えるようなものであろう。


 ただ……、お立場に相応しき勝手さがない分、周囲は案じて困るのだ。


 実のところ、我が殿は身分という形を好まれぬからな。御家は代々、身分や形を作らぬようにしておったとか。狭い島故に、皆で助け合って生きていた頃の名残だと本領の年寄りが言うておったことを思い出す。


 殿にとって上に立つということは従えるのではなく、守り導くことなのだ。左様な違いが織田家において案じられる理由となる。


 勝手さがない分、まことに殿の本心がいずこにあるか、察することが出来ぬ者が多い。さらに役目に私情を挟まぬ。これも理想といえば理想なのだが、殿ほどのご身分となると本心を察することが出来ぬと周囲は怖がり戸惑うものなのだ。


 難しきことよな。私心を役目に用いず励んでおるというのに。周囲がそれに付いていけておらぬ。


 無論、殿と近しい我らは理解しており、若殿も御理解されておると思うが……、殿が私心をあまり露わとされぬことが少し寂しいのかもしれぬな。


「さあ、出雲守殿。飲んで」


 ふふふ、失態を演じたという顔をわずかにお見せになられた殿だが、すでに前を向いておられる。左様なところは流石としか言えぬ。


 ただ、この機にわしと八郎殿を労おうとされるのは、若殿のご懸念を理解されておられぬ証となるな。


 おそらく殿は今のままが楽なのだ。


「はっ、頂きまする」


 八郎殿と顔を見合わせて、殿のお好きなようにしていただくことにする。若殿の思いも理解するが、殿には殿の思いもある。


 我らは常に殿の思うままに従うのみ。


 なるようになるはずだ。さほど厄介な懸念ではないのだからな。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る