第1693話・希望の欠片たち
Side:浅利勝頼
戻った使者の言葉に、則祐めを討つ好機と浮かれておった皆が静まり返った。
「今、なんと言うた?」
「はっ、その……、家督争いには関与せぬ。いずれが当主でも構わぬと……」
使者の歯切れが悪い。それにも苛立つ。
「そなたは使者としてなにをしたのだ? 臣従の使者も出来ぬのか?」
「いえ……、その……、当主を称するなら先の戦の責めを負えと言われてございます。それは出来ぬと異を唱えましたところ、追い返されました」
ちっ、勝ち戦続きで図に乗っておるのか? 相も変わらず、なにが起きておるのか、よう分からぬ。戦う前から降伏するなど謀かと思えることもしておれば、南部を野戦で蹴散らして一気に従えた。
よく分からぬが、従えたいのだろうと使者を送ったというのにかような扱いを受けるとは。
「まあ、よい。籠城する。隙を見て、一当てしてみてから考えればよい」
さすがに討って出るのは下策か。とはいえ、頭を下げて拒絶されたのだ。籠城しかあるまいな。もう少し時があらば、則祐を追い込んで討てたものを。
わしの領地に勝手に入り込んで許さぬとは、随分と強気に出たものよ。
Side:知子
浅利勝頼の使者が来た日から二日、雨が続いているわ。おかげで進軍は停止して、ゲルで待機する日々。
私は久遠絵札でポーカーもどきをしているけど、目の前にいる楠木殿の出した絵札に思わず驚いてしまう。
「あら、そうくるのね」
「そろそろ勝ちたいところでございまする故に」
囲碁や将棋などは、アンドロイドとしての経験と能力もあり勝負が見えていて面白くないけど、カードゲームのように駆け引きと運が絡むものは面白いのよね。
「ふふふ、負けね。さすがに慣れてくると駆け引きも覚えるわね」
「畏れ多い限りでございまする」
ウチの子飼いの人材もいるし、蝦夷衆や奥羽衆もいる。混乱や対立はないけど、寄り合い所帯なのも事実なのよね。尾張から来ている楠木殿たちは子飼いと同等に扱っているわ。実際、信じられるしね。
勝負が面白くなってきたところで、楠木殿はこちらを少し窺うように見ていた。
「お方様、浅利のことを南部と安東に任せて良いのでございまするか? 疑うわけではございませぬが……」
「構わないわよ。降るのもよし、首だけ届くのもよし。逃がしてもいいわ。伊勢を知る楠木殿なら分かるでしょ? 二度と浅利家がこの地で大きくなることはないもの」
働きは十二分にしてくれているけど、私との付き合いは長くない。真意を少しばかり理解出来ていなかったようね。分からないことを聞いてくれるのは、大いに結構。織田家もこうして意思疎通をしようという意識が整ってきたわね。
「所領を重んじるのはよく分かるのでございまするが、武士が各々で所領を抱えたままで争いがない国を造れぬ以上は、召し上げていくしかありませぬからな」
織田家中のもっとも一般的な意見でしょうね。領地は出来れば維持したい。でも領地を維持したまま平和的で発展させる方法が思いつかない。
まあ、史実のように多くの血を流して勢力を拡大し、統一するというのも方法としてはある。だけど、裏切り裏切られてというのが好きじゃないのよね。私たちは。やっぱり遥か時の彼方の時代で、仮想空間に生まれた身としては。
「今までの方法でも多分、いずれ誰かが日ノ本を統べるわよ。多くの時と血を流してね。大陸なんかそうだもの。誰かが統一して王朝を作るわ」
あまりにも異質な方法を知ってしまったが故に、それしかないと思う楠木殿が、本来の統一をどう思うのか聞いてみたくなった。ちょっと意地悪かしら?
「大陸では帝ですら滅ぶとか。左様な国は御免被りまする。皆に新たな世での役目がある。そう示して導く内匠頭殿とお方様方なればこそ、某も今がある。そう思うておりまする」
ちょっと驚いたかもしれない。長いこと朝敵とされていた楠木家であっても、そう考えるのね。自分の身分や地位を守るためじゃない。国が滅ぶということを望まないという意思がある。さすがは楠木正成の末裔というところかしら。
「ふふふ、ならしばらく待ちましょう。この雨が恵みの雨になるかもしれないわ」
思わず笑みを浮かべてしまったかもしれない。私たちは生きている。そう実感したからかも。
司令、みんな。生きるって厳しくも素晴らしいものね。
感謝しようかしら。奇跡に。
Side:久遠一馬
甲斐の小山田と穴山が、清洲に臣従するために来ると知らせが届いた。このままだと年を越しそうな気配もあったが、秋の前に臣従をしたい。結構無理をしたようだ。
甲斐に関しては久遠寺による物資輸送は今も続いている。小山田と穴山がこちらに従うので大きな脅威は消えたものの、土豪や村々が襲うなんてことも珍しくないし、土地を知る者で、一定の敬意を払われる久遠寺の輸送はこちらとしても助かっているのが本音だ。
信濃の諏訪神社があれ以来存在感を落としているので、久遠寺もホッとしているのが本音だろうけどね。
「明後日、駿河代官として駿府に赴くことに致しました」
この日、屋敷を訪れたのは今川義元さんだった。駿河代官に内定していたものの、上皇陛下の御幸や、義元さん自身が織田の統治を学ぶ必要もあり今日まで清洲にいたんだよね。
織田家臣従後も今川家の品格というか、誇りは守っている人だ。まあ、地位としてはそこまで高くないので、普通に頭を下げている姿も見るけどね。なんというか旧来の価値観を、いい意味で守っている人と言えるだろう。
「なにかあれば知らせてください。行ったこともない私が言うのもおかしなことですが、あの地は対関東の要となる地。苦労も多いと思います」
いろいろと、思うところもあるんだろうなと思う。完全に割り切れるはずもない。ただ、それでも家のため一族のため仕えて働くしかない。この時代だって、ままならないことはあるんだなと改めて教えてくれるような感じだ。
「確と承りました。ひとつお願いしたい儀がございます。雪斎和尚のこと、何卒良しなにお願い申し上げまする」
ただの挨拶かなと思ったけど、義元さんもまた人の子ということか。ここ数年の雪斎さんの働きを見ると、頭のひとつやふたつは下げてもおかしくはないけど。
「こちらも承りました。必ずとは言えませんが、最善は尽くします。あれだけのお方、粗末には出来ませんので」
雪斎さんは清洲の屋敷に居を移して、今は学校や清洲城で師として教え導くことをしている。沢彦宗恩さんと同じ形だ。病院にも定期的に通っていて、仕事量はケティたちが決めている。
長いこと共にいた師匠だからなぁ。一番心配なのは雪斎さんの体調なのだろう。
「それを聞いて安堵致しました。関東と無駄な争いにならぬように治めてご覧に入れましょうぞ」
ウチのやり方を外から客観的に一番見ていた人かもしれないね。自信ありげな姿が頼もしい。
「大いに期待しておりますよ」
政治は本来、華々しい成果がないものだ。少なくともそういう難しいことを成してきた人になる。個人的には文治の人かなって思う。
北条家も伊豆の統治から変えるつもりのようだし、血縁のある義元さんならうまくやってくれるだろう。
これでひとつ楽になった気がする。
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