第1668話・帰りの途中で・その二

Side:久遠一馬


 神津島二日目、今日は島の視察だ。


「ほう、この島にかようなものが採れるとはの」


 島の北部に山があるが、オレたちはそこで石材を露天採掘している現場に来ている。多くの職人が石切りをしている現場であり、幻庵さんがその様子に驚いている。


 採掘しているのは史実で抗火石と呼ばれた石だ。この時代ではまだ使用していないもので正式には流紋岩の一種となる。


「説明はボクにお任せ。ここの石は、軽いのに火に強く熱をあまり通さない石だから建材に使えるんだ」


 説明してくれているのはプロイだ。ショートカットの焦茶色の髪に少し肌が浅黒い、東南アジアっぽい感じのボーイッシュな顔立ちをしている妻だ。鉱石の専門で、あちこちで調査などをしていて、ちょうどオレたちが来るからと神津島で待っていたらしい。


「野分や嵐も多い島ですしね。町や港を造るには、その地にあるものを使うほうが安上がりですから」


 港の建物もここの抗火石を使って建てたものが多い。外から運ぶ煉瓦や木材より手に入りやすいしね。ウチはセメントもあるから、この手の建材を使った石造りの家も造れる。


「そう、なかなかいい石だよ。島で使う量が多いので島外に出していないけど、もう少し落ち着いたら織田領にも売れると思う」


 今のところは運搬とか人力だから大変そうだなぁ。トロッコとか整備する計画もあるはずだけど、開発するにしても港や町を優先させたのでまだここまで手が回っていない。


「まーま! だっこ!」


「まーま……」


 一方、そんなプロイと関係ないような顔をしたあいりは、大武丸と希美、それと吉法師君たちと戯れていた。


 彼女は黒髪のストレートで、顔は元の世界のアイドルみたいに整っていて少し派手な見た目をしている。ケティよりも無表情でどこか人形のようにも見えて、太めの黒縁眼鏡を掛けている容姿だ。


 相変わらずプロイがあちこち飛び回るのに付き合っているようだね。専門はシステム開発になるので今も定期的にシルバーンに戻るひとりだけど、妻たちに関しては、基本、ひとりでは行動しないようにしているからなぁ。


 シルバーンにいるとプロイが補佐に回り、地上だとあいりが補佐に回る。いつの間にか、そんな感じらしいね。


「あいり、この島はどう?」


「……楽しい。……孤児院も造った」


 相変わらず表情に乏しいけど、楽しんでいるならなによりだ。ただ、人口が多くないこの島に孤児院なんて必要なのか?


「ようこそおいでくださいました!」


 気になったので採石場に続いて孤児院に来てみたけど、二十人ほどの子供がいる。ただ、この子たちは伊豆で売られていた子らしい。あんまり扱いが良くなかったようで、旅の途中に出会ったあいりが買ってこの島に連れてきたんだとか。


 あまり大きくないけど牧場として牛と馬や鶏を飼っていて、畑も作っているようだ。あとは島の漁業や賦役を手伝い暮らしているとのこと。


「そういえば卵料理とかチーズを使うた料理があったな。ここのものか」


 皆さん、ウチの牧場と孤児院を知っているので驚きはない。ただ、信長さんは昨日と今朝の料理に使われていたのが、ここのものだと気付いたらしいね。


 孤児院は港町の外れにある。北部の採石場には近くに集落があるものの、島の人の大半は港近隣にいるからね。


 ここが落ち着いたら、そろそろ他の伊豆諸島の開発も考えてもいいかもしれないね。




Side:織田信長


 湊があり孤児院がある。まさに久遠の地と言えような。町には石造りの家が増えておるようだ。蔵などは率先して石を使うておるか。


 この島だけで生きてはいけぬ。水が豊富だというが、僅かに試す以上の田んぼを作ってはおらぬという。


「真似しようとしても出来ぬの」


 若武衛様が似たようなことを考えておられたのだろう。独り言のように呟かれた。飢えることのないように荷を届けねばならぬ。また暮らしが成り立つように商いで食う算段もいる。それがいかに難しいか。この場の皆が理解しておろう。


「内匠頭よ。この島に他所の商人が来るのか?」


「ええ、それなりに来るようですよ。ここには良銭がありますので」


 ひとつでも多くを学ぼうとするのは山科卿と大御所様、それと蒲生殿か。山科卿はかような離島に船が来ることが信じられぬようだが、かずが理由を明かすと少し険しき顔をした。


 織田と久遠以外では船が違うこともあり、ここまで来るのも苦労するのであろうが、それに見合うのが良銭だ。近頃では久遠の銭というだけで喜ぶ者すらおる。


 関東の者からすると遠州灘を越えて尾張にいくよりはいいという事情もありそうだがな。


 公家は銭が不浄なものだと嫌うと聞き及ぶが、その不浄な銭がなくば国は乱れる。それをいかに受け止めておるのであろうか?


「島の暮らしは、そなたの本領や尾張に次ぐの」


 大御所様が見ておられたのは島の民だ。着物の質は尾張より少し劣るくらいか。聞くところによると尾張の古着をこちらで売っておるとのこと。


 以前に勘十郎が見聞に来た時は、もう少し貧しき地だったと分かるところがあったと聞くが。今では久遠諸島とまでは言わずとも、そこらの地よりは栄えておるように見えるな。


「恥入るばかりよの。北条ではとても真似出来ぬ」


「隠す必要もないのでお教え致しますが、この島は当家にとって要所なのですよ。従ってこの島は本気で力を入れております。海を渡れる技があっても寄港地というのは必要ですから」


 駿河守殿の言葉にかずは自信ありげに答えた。その姿に変わったなと思う。隙あらば己を小さく見せようとしておった男が、あえて力を見せることをしておるのだ。


 誰もが久遠は別格だというが、正しくは違う。確かにもとより日ノ本とは違う生き方をしておるが、かずやエルらもまた変わり、前に進んでおる。


「北条家相手に私などがお力添えするなど、増上慢に過ぎるかとは思いますけどね。伊豆諸島が紡いだ縁は軽くありませんので。これからも共に励めるように致したいと思っておりますよ」


「かたじけない」


 言う者が違えば嫌味に聞こえそうだな。されど、かずが言うと素直に聞き入れることが出来る。


 治める者が変われば土地も民も変わる。この島はそれを皆に見せつけたのだ。


 かずが自ら力添えすると明言したことで北条は安堵しよう。朝廷としては東ではなく西を見てほしかろうがな。山科卿であっても、かずを動かすのは難しかろう。



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