第1643話・祈りを届けるために
Side:久遠一馬
花火大会も終わり、オレたちは久遠諸島へ帰郷する調整に入っていた。今回は三隻のクリッパー船で行く予定なので、移動時間が大幅に短縮される。来月にある津島のお祭り前に戻る予定で日程を組んでいる。
行きは三日、帰りは四日で戻れる。滞在を一週間程度としても、来月半ばの津島天王祭には余裕で間に合う。
「他家の者も連れてゆくのか」
上皇陛下も噂としてご存知だったようだけど、少し留守にすると報告にきた。
「本領の正確な場所はお教え致しませんが、島を少しお見せするくらいならば構いませんので」
同行メンバーとして以前本人が言っていた晴具さんのみならず、六角家の蒲生さんや朝倉家の宗滴さんが同行する予定だと教えると驚いていた。斯波と織田は六角と近い血縁はない。北畠家と共に同盟関係にあるけど、この時代の感覚だと同盟とは微妙だからなぁ。立場が変わるとすぐに敵対したりするし。
宗滴さんに至っては斯波家の因縁の相手だからなぁ。実際、宗滴さんはオレ個人で招くことで調整した。政治的な意味というより見せてみたかったんだ。あの島を。
ただ、そんな話を聞いた上皇陛下は少し考え込む仕草をして、オレ以外のすべての人払いを命じた。なんだ? 聞いてないんだけど。
「内匠頭。黄門を連れていってはくれまいか? そなたと久遠の不利益にならぬように誓紙を書かせよう。それでいかがだ?」
残ったのはオレと上皇陛下だけだ。本当にふたりだけになる。
まさかのお言葉だった。
「船旅はとても危ういものでございます。本領は特に陸地から離れた所。同行する皆様がたにも申し上げておりますが、死を覚悟することも必要なこと。身分あるお方の行く所ではございません」
ウチの船。過大評価されている節があるからなぁ。山科さんならいい気もするが、はっきり言うとこちらは同行させて得られるメリットよりもデメリットが気になる。
「覚悟があればよいのか?」
即答。迷いがないか。見ただけでなにかが変わることはない。ご理解いただいたと思ったんだけど。
「内匠頭。朕は院の在り方を変えるつもりだ。尾張の政を見て分かった。朕と帝が並び立つのは良うないと。古くはそれが争いになったこともある。実のところ、皇統も朝廷もそろそろ変わらねばならぬ頃。まずは我が身から変えるべきであろう。黄門に、今少し先の世を見せてやってはくれまいか?」
この件をここで打ち明けるのか。少し前に山科さんと広橋さんだけに打ち明けたこと。虫型偵察機でオレは知っていたものの、あとは誰にも打ち明けていないことだ。三人目に打ち明けた。その事実が重い。
「困難な道でございます。よろしいのでございますか?」
「尾張やそなたに面倒はかけぬ。これは朕がすべきこと。この荒れた世に生まれ、祈りを天に届けるためにな」
信念。その一言なんだろうか。年始の大評定をこっそりお見せした以外にも、いろいろと聞き及ばれているんだろう。院政、確かに立場とバランスが難しいのも確かだ。これからの時代を思うと、今の世に即したとまでは言わなくても、もう少し身軽になられたほうがいいとは思うけど。
「畏まりました。ただし、この件は院と関わりなきこととして進めたいと思います。あとは私と黄門様にお任せください」
仕方ないね。オレが断れるようにとすべての人払いもした。これだって本来なら絶対あり得ないことだ。今は側近を仕切るのが山科さんと広橋さんなので、深く追及しないで望まれるままに動いたけど。
あとはこの件に上皇陛下が関わられた証拠を残さないようにしないと駄目だ。おかしな前例を残したくはない。山科さんはオレが個人で招く形にするか。
義統さんは少し渋い顔をするかもしれないな。朝廷や公卿の信頼、そこまでないんだよね。
ただ、上皇陛下もお考えになられたのは確かだ。尾張と朝廷の関係が難しいのはご存知であり、立場が高すぎても扱いに困るし、尾張を理解してないと問題を起こす。
山科さんならばと願いも込めた人選だとお見受けする。勝ち負けではないけど、覚悟の勝ちというところか。
Side:山科言継
「まさか院が御自ら話を付けるとは……」
人払いをされたことで何事かと思うたが、久遠家の本領へ同行する許しを得てしまわれた。かの地は日ノ本の外。すべては内匠頭次第とはいえ、表立って話をして断れば厄介なことになるのも事実。
しかも吾や広橋公でさえ、内匠頭となにをお話になられたかは打ち明けてくださらぬ。ただ、内匠頭の許しを得たことと、吾が誓紙を交わして内々に進めるということだけ。あのご様子ではなにがあろうと口を開かれまい。
「いかがする?」
「行くしかあるまい」
広橋公に問われるが、他に道などない。もとより都を離れ諸国を巡る際は、命を落とすことを覚悟の上。帝や院の御為にと励んでおったのだ。
まあ、女子供が行き来しておる旅。そこまで案ぜずとも良かろうが。
「蔵人の失態が重いな」
広橋公は少し怒りにも見える様子じゃ。吾や広橋公を疑うわけではあるまいが、院は御自ら動くことをせねば道は開けぬとお考えになっておられる。元凶が蔵人であることは否とは言えぬか。
「朝廷を守り、残すのは吾らの務め。されど、院や主上の御内意を軽んじるわけにはいかぬ」
院は気づいてしまわれたのじゃ。公家や公卿が、必ずしも朝廷の繁栄と日ノ本の安寧を祈って励んでおらぬことを。
無論、公家や公卿としても言い分はある。勝手をする武士の責を問う声はよく聞かれる。とはいえ誰の責をいずこまで求めるのかと問うと口ごもる。深く考えておる者は左様なことを口にせぬからの。
まさか己らの祖先や歴代の帝を責めるわけにもいかぬ。もとより武士の台頭は朝廷と公卿の失政とも言えるというのに。
「にしてもまことに仏のような男じゃの。人に光を見せて己の成すべきことへと教え導く。院でさえも例外でないとは……」
誰も出来ぬことを平然とする。かと思えば立身出世を望まず、皆のことを考え飢えぬようにと尽くす。吾でさえ祈りたくなるわ。
「この件は内匠頭が望んだことではあるまい」
「左様であろう。だからこそじゃ。院に祈るだけでは変わらぬと己の態度で教え、成せる道を示したのじゃからの。当人らの得にもならぬというのに」
広橋公も言うておるが、この件。斯波や織田にも久遠にも利などない。今さら吾が本領に出向いたとて得るものはあるまい。すべては院の願いとみるべきじゃ。
応えたのは義理か、尊皇か、甘さか。
いずれにしても院は内匠頭が見据える新たな世で朝廷を残すべく動かれた。臣下としてそれをお支えするのが吾らの役目。
他に道なし。
◆◆
官位について
黄門=権中納言。山科さんのことです。
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