第1638話・まだ見えぬ明日を見るために

Side:久遠一馬


 尾張では熱田祭りに向けて人が増えている。やはり花火を見たい人は多いんだ。


「殿、堺でございますが……」


 久々に堺の報告が届いた。どうも花火を作ろうとしているようだ。すでに爆竹と線香花火は模倣に成功したようで一部に売っているらしい。


 爆竹は大陸由来の技だし会得してもおかしくはない。線香花火はこちらの模倣だろうね。


「まあ、仕方ないね。証拠だけは集めておいて」


 もう堺は監視する必要があるか疑問なほど優先順位は低いんだよね。忍び衆も少数を残して他に配置転換をした。商人や石山本願寺、三好家から情報が入るし。今回の情報もそんな複数のルートから入っている。


 偽金色酒、あれは今も売っている。さすがに堺の大店が堂々売っていないものの、第三者の手に渡り、密かに本物の金色酒と混ぜるなど巧妙になりつつある。ほとんどバレているけど。石山本願寺や畿内の商人がこちらに密告してくれるからね。


 三好家が圧力を掛けたことも堂々と売らなくなった理由だ。


 爆竹と線香花火。堂々と堺の花火として売ればいいのに、尾張の花火として密かに売るんだよね。彼ら。もう堺の品というとあまり好まれないから。


 現在では、織田が販売を規制している鉄砲や武具しかもう売れないんだよね。そこで花火に目を付けたと。実際鉄砲を扱うから火薬の知識もあるし、材料もあるからだろう。


 まあ、線香花火だけでいえば、独自に作って売っているところは他にもある。さすがに尾張の線香花火として売る人はあそこだけになるようだけど。あれ模倣するのが楽だしね。


 ちなみに本物の線香花火の売り上げは、今も右肩上がりだ。花火大会で一番売れる品のひとつだし、堺の影響はそこまでない。需要に供給が追い付いていないからだろう。


 無論、織田家で売っている線香花火として勝手に売っているので、いずれきちんと諸懸案と共に清算がいるだろうけどね。


「それにしてもあれだね。商いが不均衡にならないように、今回はさらに配慮がいるか」


 好き嫌いを別にして強い者には相応の態度で接する。いつの時代も変わらない。ただ、商いに関しては相応の配慮をしないと領外の商人が苦しむことになる。


 横柄な商人とかが目立つが、相応に商いを成立させてやらないと争いの元になる。畿内も今のところ表立って反織田の動きをしているのは、若狭管領と揶揄される晴元くらいだからなぁ。


「銭の受け取る比率と荷の買い取り価格は、一時的に緩和したほうがいいかもしれません」


 エルと相談するけど、遠いところから花火が見たいと遥々来る人の品物と銭の質にケチを付けてもいいことないんだよね。


 毎年花火と武芸大会の季節は調整しているけど、年々格差が開いてくるから加減が難しい。もう経済でいえば独り勝ちというか、日ノ本の統一政権並だからね。


「八郎殿、どう思う?」


「良いかと思いまする。領内の者がそれで阿漕な真似をする者は多くありますまい。さらに我らが驕っては先々に響きまする」


 資清さんも賛成か。経済というよりすべてにおいて勝ちすぎなんだよね。織田は。嫌なんだけど、日ノ本の流通と経済にも配慮するくらいの立場となりつつある。


 早急にまとめて評定を通さないと駄目だな。




Side:今川義元


 雪斎とゆるりと茶を飲む。


 去年の今頃を思えば、別人かと思うほど顔色が良い。それだけで織田に降って良かったと思うほどじゃ。


 もっとも政をさせてはならぬと禁じられておるがの。


「左様でございますか。それはようございました」


 駿河と遠江がようやく落ち着いた。愚かにも騒いでおった者らもいかんともしようがないと諦めたと言える。これ以上騒げば、さらに厄介なことになると理解するのが遅すぎるわ。


 雪斎もまたそれを教えると安堵しておるようじゃ。


「実はの、内匠頭殿から本領に帰国する際に誰か同行をするかと問われた。北畠の大御所殿や斎藤山城守殿が行くそうだ。そなた行ってみぬか? 薬師殿の許しもある」


 雪斎は今、清洲におる。病院を退院したのち、屋敷を与えられそこに移った。仏に仕える者としての務めをしつつ、若い者に教え導くためということで学校の師となっておる。


 内匠頭殿からは今川から誰かと問われて倅を同行させるべきかと思うたが、雪斎に見せてやりたくなったのだ。久遠の本領をな。


「……拙僧がでございますか?」


「見てみたかろう? 久遠の地を。わしや倅は次の機会でよい」


 久々に見たな。雪斎が驚く姿を。もう若くはない。楽な旅ではないが、もし雪斎が望むのならば……。


「はっ、御屋形様がそうおっしゃるならば、某が参りましょう。正直、見てみとうございまする。病院や学校におると分かるのでございます。久遠の奥深さが……。必ずや今川家のお役に立てるように学んで参りましょう」


「そうか、そうか。期待しておるぞ」


 思えば変わり始めた織田を知りたいと、自ら尾張まで出向いたのも雪斎じゃ。師であるにもかかわらず、働かせてばかりであった雪斎へのせめてもの孝行としたい。




Side:武田晴信


「わしで良いのか?」


「はっ、某はまだ未熟故。それに、父上を追放したのも事実。このくらいしか出来ませぬが」


 内匠頭殿から、本領に帰国する際に誰ぞ同行させぬかと声を掛けられた。典厩とも話したが、父上に頼むことにしたのだ。


「もう気にせずともよいというのに……」


「小山田と穴山、かの者らとのこともございます。一度は見ておくべきかと思った次第」


 過ぎたことをあまり口にされる御方ではないが、立てるべきところは立てておきたい。武田から誰か同行するならば父上が適任であろう。わしや典厩より世を知っておるのだ。


「この世と思えぬ島だと聞くがの」


 大袈裟に吹聴しておることも考えられるが、久遠家の者はあまり言うておらず、むしろ織田家の者が言うておること。極楽浄土のようだとすらいう者もおる。誇張されておったとしても見る価値はあろう。


「良かろう。せっかくそなたが言うてくれたこと。わしが行こう」


 しばし思案された父上だが、やはり興味があったと見える。少し嬉しそうに笑みをみせておられる。


「小山田と穴山らのこともあまり気にするな。わしも尾張に来て理解した。追放される程度の力しかない己の不徳なのだとな。今の尾張にて左様なことがあると思うか? あり得ぬのだ」


「父上……」


「放っておいても二度と小山田や穴山が勝手をすることはあるまい。もはや左様な世ではないのだからな」


 甲斐では国人や土豪が未だ従うか従わぬかで揉めておると聞く。なんということはない小山田と穴山がわしの代わりに苦労をしておるだけだからな。


 愚か者に蜂起も許さぬ。それは力ではない。それをわしや父上は知らなんだということか。


 まあ、本音をいえば、あやつらに構っている暇などわしにもないのだが。新しき政を学ばねばならぬ。


 父上が久遠家の本領でなにを見るか。それを待ちながらな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る