第1633話・積み重ね
Side:蒲生賢秀
観音寺城には上様がおられることで天下の政をしておる。そういう自負が六角家中にはあった。驕っているといえば言い過ぎであろうが、尾張にも負けぬと思うておった者は多かろう。
されど、左様な自負は清洲にきて打ち砕かれてしもうた。尾張介殿や家老衆、総奉行衆。織田の主立った者らは、皆、目を見張るような働きを常日頃からしておる。無論、わしは左様なこと来る前から存じておったことだがな。
「同じことが出来る者が観音寺城におるのか?」
浅井下野守殿の言葉が耳に残る。
今日はちょうど尾張介殿に子が生まれたということで、その代わりを務める内匠頭殿の仕事を見せていただくことにしたのだが……。やはり、かの者らはさらに上を行く。
「おりませぬな」
はっきり言うべきであろう。我ら六角家に久遠と同じことを出来る者などおらぬと。男も女も、家臣も侍女も、皆がそれぞれの役目を理解して人並み以上の働きをしている。
久遠家では侍女も禄を貰うと聞いたことがある。あの働きを見るとそれが妥当なのであろうな。
「御屋形様は、我らにも内匠頭殿のように仕事をするように学べということか」
「それもあるが、内匠頭殿の真似は出来ぬと承知のことでもある。尾張でも久遠家と同じことは出来ぬと皆が言うのと同じだ。ただ、出来ぬからと諦めては我らに先はない」
一時の勢いでも銭の力でもない。武芸も学問も久遠は格上なのだ。宴では人の好さげな顔をして酒を注いで歩くからな。あの御仁の力量を理解せぬ者が多かった。
「八郎殿と出雲守殿は甲賀の出であろう。我らとて出来ぬはずはない」
同じことは出来ぬと言いたげな者もおるが、我らにとって目指す先は内匠頭殿ではない。滝川八郎殿と望月出雲守殿。あのふたりだ。それに気づいた者の言葉に皆が納得する。
亡き先代様が心から惜しいと言うておられたという八郎殿。そなたには我らもまた救われたのやもしれぬ。
もっとも、皆がかような働きを出来るなど誰一人思うておるまいがな。されど、負けておられぬという気概だけは忘れぬはずだ。
Side:知子
私たちがいる八戸も落ち着き、南部に属していた者たちの去就も明らかになってきている。中には蜂起した者もいるが、大物と言えるところは動いていない。
現在も話し合いは続いていて、ごねることはあっても蜂起までする気はないみたい。臣従が難航しているのは、曖昧にしていた地位や立場をはっきりさせる段階となり揉めているからだ。
南部一族ではあっても足利政権では独立した別の家として認知していたところもあったりするし、そうでなくとも半ば独立していただけに三戸南部家の家臣として定められることに抵抗があるようなのよね。
あと浅利と戸沢。あそこはある意味災難のような状況ね。戦は終わったけど謝罪がないこともあり、そのまま放置している。こちらとしては敵国認定していて、彼らの領地の商人とは取引禁止にしている。
さらに彼らや彼らの領地と商いを仲介しようとする寺社もあるが、そちらにも浅利と戸沢と商いをするなら織田との商いを禁止にすると通告した。
反発は大きいけど、蜂起する力のあるところはない。
また織田では寺社に対して統治の説明をする書状も送っている。守護使不入など現状維持の場合は、織田は領内統治や商いにおいて一切の優遇をしないというものよ。無論、その代わり挙兵を求めることや矢銭を求めることもないと明言している。
こちらが日本海航路と流通をすでに制していると気付いているところは反発もあるけど、そうでないところは勝手にしろと言って終わるところもある。
まあ、浪岡殿があちこちに状況の説明と諭す書状を送っているので、大事にはなっていないけどね。
力の差と立場を明確にしていく作業は大変だと思い知らされた。蹴散らしてしまえばいいという意見はこの地でもあるし、私も少し同意するところがある。
長いこと大規模な下剋上もなかったこの地域では、権力構造がある程度固まっている。私たちがやっているのはその秩序を壊すことなのよね。
飢える民には歓迎されても力ある者には疎まれる。まあ、仕方ないんだと思うわ。
Side:小山田信茂
「そうか。あい分かった。こちらに異存はない」
穴山家の使者が到着した。ほぼ同じ条件で御屋形様に降るということだ。穴山家からは尾張に行くのを同じくしたいと打診があったので快諾しておく。
こちらとて、領内と従う者らのとりまとめのために今しばらく時がいる。御屋形様は臣従する気のないものは捨て置いてよいと言うておったが、一族の者や家臣らはそうもいかぬ。長きに渡り血縁などの繋がりはあるのだ。
幸い、御屋形様もそこはご理解くださるので今励んでいる最中なのだが。
「人の数とは。何故と聞いても良かろうか?」
そんな最中、躑躅ヶ崎館から、こちらと従う者らの領内におる人の総数を大まかでよいのでまとめよと命があった。御屋形様からは命に従えと厳命されておるので逆らう気などないが、少し真意が気になる。
「飢える者をなくすためには、人の数を知らねばなにも出来ませぬ。年内に降るおつもりならば、こちらも相応に備えねばなりませぬ。降って早々に一揆など起きると我らも困る故に」
「ああ、左様か。道理であるな。大まかな数でよいのか?」
「はっ、食えぬ者はいずこかで賦役をさせて食わせることになると思われまするが、人の数次第でやることも変わりまする。織田は領内の検地はもとより、人の数も確と把握することから始めるとご理解いただけると幸いでございます」
「なるほど。すぐに確かめよう」
使者殿の言葉にハッとした。かような飢えた地を治めるというのは織田とて楽ではないのだな。にしても人の数か。思えば領内にいかほど人がおるのか、わしも知らぬ。年貢や戦の際に兵を出す割り当てなどは分かるが。それも兄上から継いでおるもので、いずこまで正しいかなど知らぬ。
「ひとつ問いたい。織田ではいずこまで把握しておるのだ?」
「名と男か女かと年齢は把握しておりまする。またこれは尾張もその他も同じこと」
出来るなら、より確かなほうがよいか。主立った者の領地だけでもすぐに確かめさせるか。命じられたことばかりしていては我らに先などないのだ。
やるべきことは我先にやる。戦場も臣従も変わりあるまい。
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