第1628話・憎しみを流すモノ
Side:久遠一馬
お清ちゃんとかおりさんで続けて子供が生まれたことで、尾張では慶事だと喜びお祭り騒ぎになっている。かおりさんは尾張であまり馴染みがないものの、庶民からすると関係ないようだ。
お菓子やお酒を振る舞うのは、すっかり習慣となったなぁ。これもいずれは改めないと駄目だろう。今のウチはいいけど、いずれ負担になることになる。
「嬉しいんだけど、立て続けに贈り物をもらうと心配になるよね」
もちろん、あちこちから連続でお祝いを貰う。織田家では贈り物なんかも無理をしないようにと常々指導しているけど、ウチは配るほうも多いからね。どうしても貰うほうも多い。
立身出世を狙うわけじゃないけど、新参者であり血縁がないという事実もある。また、新商品や珍しい品を売る際には家中の皆さんに配ることもしている。以前にも説明したが、新しい流行は知らないと恥をかくこともあり得るからね。
「じーじ、だっこ!」
「俸禄となり、皆、新しい形での暮らしを考えておるところ。こちらからあれこれと口を出すのは難しゅうございまする」
資清さんと望月さんと子供たちの相手をしつつ、世間話程度に考えるけど。こういう贈り物とかは元の世界でもあった習慣だからなぁ。気になるけど、資清さんの言う通りで、口を出す問題ではないか。
実際、領地がなくなったことで変わることもあるし、俸禄で暮らすということで明確に収入が数値化したことで暮らしや付き合いが変わっている人は多い。
ちなみに資清さんとか望月さん、『じーじ』と呼ばれている。あとは信秀さんも『じーじ』だね。よく一緒にいるから子供たちの身近なお爺ちゃんという感じだ。
「じーじ?」
「良いですかな? 次を読みまするぞ」
ああ、望月さんは絵本を読んであげているので、子供たちに囲まれているね。
みんなで子育てをする。その理念をふたりも理解してくれているんだよね。主君の子供だからと、あまり甘やかさないでくれている。
「かおりさんも元気で良かった。侍女のみんなも驚いていたよ」
「ええ、自分でも思った以上に体調がいいですわ」
かおりさん、出産したばかりなのに食欲もあるし体調もいいとのことで、みんな安心しているんだよね。今も子供たちの相手をしているくらいだ。
「さて、応対に戻るかな。みんな、またあとでね」
「はーい!」
ずっと妻たちや子供たちと一緒にいたいけど、お祝いに来てくれる人の応対と仕事がある。最近厄介になっているのは、商務総奉行の仕事でいえば投資関連だ。問い合わせだけでもかなり多い。
ここで難しいのは経済とか地域の持続的な発展とか費用対効果とか、その辺りの考えがない人がそれなりに多いことか。家や一族、寺社などの権威や面目、影響力を増やすことなどは考えるものの、広い視野で国や地域を良くしようという考えのない人が普通にいる。
中にはその後の維持管理にも困るような形で投資にしたいと言い出す人もいるし、地域に力を示したりするのは寺社の整備が当然なことから、寺社に対して必要以上に投資したいと言う人もいる。一概に駄目とは言えないけどさ。
生産性に乏しく権威と既得権が残る寺社が多いのに、必要以上に豪華な寺院とか今は要らないんだよね。戦乱で荒れた寺社の復興くらいなら考えるけどさ。
もちろん、完全に私財でやるならご自由にどうぞというところだけど、投資として認定してもらい織田家の事業として公金を出させたいという思惑が多いから困る。
まあ、これは国をどうするか。みんなで考えてもらうという意味では必要なことだ。限られたお金をどう使うか。みんなで考えるいいきっかけになっているからね。
さて、仕事を頑張ろう。
Side:小笠原長時
晴信が小山田と穴山を許すという話が漏れ伝わってきた。信濃であれほど好き勝手をしたというのに、やはり甲斐の者は許すのかという苛立ちが僅かにある。
武田と武田に与する者など、皆、滅んでしまえと内心で思う者は信濃には多かろう。わしも本音はさほど変わらぬ。
織田に降りて暮らしが変わり立場も得たが、それでも武田の所業を許すと笑うて言えるほどの器量はない。あえて争いになるようなことは口にせぬがな。
「殿、先日に続き、内匠頭殿に子が生まれたとか」
「おお、左様か。続けて無事に生まれるとはめでたいの。さて、なにを贈るか」
気が滅入りそうになったところで慶事の知らせが届いた。正室ではないとはいえ、我が子でなくとも可愛がる御仁だ。祝いを贈ってやれば喜ばれよう。
武田や今川に対して思うところはある。されど水に流さんと思うのは、あの御仁がおるからと言うても過言ではない。
この荒れた世から戦をなくし、まことに変えようとしておるのだ。ならば致し方ない。
己の天下や立身出世のために因縁を忘れろと言うならば、忘れられぬかもしれぬ。されど、あの御仁はまことに世を変えるために因縁をなくそうとしておる。大義のため、当人は左様なことを口にせぬが、それを理解すればこそ、わしも今川も武田も大人しゅうしておるのだ。
「ようございましたなぁ。此度の奥方は歳が歳なだけに皆も案じておりました」
「ああ、神仏への祈禱も、あの御仁のためとあらば聞き届けてくださったのやもしれぬ」
清洲城では母子共に無事で
いつの間にか皆が久遠の者を案じており、慶事を我がことのように喜ぶ。ああいう御仁が世を動かすのであろうとわしでさえ思う。
誰かに頼まれもせぬというのに祈禱をしておったと密かに聞き及ぶ寺社は数知れず。また頼まれるたびに祈禱をしたという寺社もあるという。
あとこれは京極殿に聞いたが、ここしばらく院は祈りの時を過ごしておられたとか。何故、祈りを捧げておったかは分からぬが、内匠頭殿の子のことではと噂がある。
当人らは尾張に来た頃からあまり変わらぬというがな。むしろ、立身出世してしまい窮屈そうだと聞くほどだ。ただ、それでも皆のことを考えておるのだ。
ああ、気分がよいの。今宵は少し美味い酒が飲めそうだ。
人の慶事を喜ぶ。わしも左様なことが出来るというのが、なんともおかしな気分だがな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます