第1586話・蟹江海祭り

Side:鏡花


 賑やかな造船所も今日は静かや。蟹江海祭りがあるこの日は職人衆も休みなんよ。


「お方様、いかがされましたか?」


「お勤めご苦労~。ちょっと見に来ただけや」


 警戒に当たっている警備兵に、なにかあったのかと声を掛けられたわ。ただの散歩なんやけど、偉くなると窮屈で敵わんなぁ。


 ただ、ここは機密になるものも多いから、警備も厳重なんや。恵比寿船は元より久遠船の造り方を知りたいと間者が来るのはようあることやから。


 ここでは旋盤を使うて、予め決められた部品だけを作る工房がいくつもあって、それをドックで組み立てることで驚異の量産体制を確立している。名人による一級品には劣るかもしれへんけど、そこらの船よりは安全で高品質の船を造っているんよ。


 あとは試験的な造船も常にしてる。上手くいかんことも多いけど、それが職人を育てているんや。


「お方様、そろそろ戻られませんと……」


 侍女さんに言われて屋敷に戻る。今日は海祭りの安全祈願の儀式に出なあかんからなぁ。そういうのは、ミレイとエミールでやってくれたらええんやけど。ウチ技術屋やから、面倒なことあんまり好かんのや。


 町は早朝だというのに、いつにも増して賑わっているわ。領内の水軍衆とお祭り目当ての領民が大勢集まっている証拠やね。でも、喧嘩や騒ぎは随分減ったなぁ。以前はそこらであったのに。


「まーま! おはよ!」


「みんな、おはようさん」


 屋敷では昨日から司令と一緒に泊まっていた子供たちが起きていたわ。


「おふね、のりたい」


「遥香はお船好きやね」


 蟹江に来ると船に乗れるからと楽しみにしているみたいや。観閲式と操船競争があるから乗れる時間取れるんやろか。ちょっと確認してみないとあかんわ。


「まーま、まーま」


「だっこ!」


 ああ、あかん。子供たちに捕まってしもうた。ひとりの相手をすると、みんなが相手をしてほしいと囲まれてしまうんや。


「さあ、お庭を散歩しましょうね」


「ほら、私が抱っこしてあげますわ」


「ああ、泣かないで? いい子ですから」


 あわあわとしてしもうたけど、助けてくれはったんはお清殿と千代女殿、それとかおりさんや。でも、子供に一番慣れていないのはかおりさんなんやね。ウチもそこまで慣れてへんけど。


 こうして見ると、アンドロイドのウチらと遜色ないわ。ふたりとも凄いなぁ。


 ウチもそのうち子供欲しいわぁ。




Side:忍び衆与吉


 今日は一段と人が多いな。近頃は領国が広くなったこともあり、間者を見つけるのも一苦労だな。


 わしは、ここしばらくは那古野での役目が多かったので蟹江は久方ぶりになる。妻のお園と倅と娘も、蟹江で船を見物するからと殿のお子と共に昨日から来ているはずだ。


 しかし甲賀で生まれたわしと周防で生まれたお園が、尾張で婚礼を挙げて家族となるとはな。今だに人の縁とは奇妙なものだと思う。


 甲賀で泥にまみれて生涯生きるか、他国に働きに出て死するか。いずれかと思うておったのだがな。


「金色飴はいらんかね~」


 おっと、役目の最中になにを考えておるのだ。今日は金色飴を売りながら他国の間者と怪しい者を探さねばならぬ。領外では珍しい金色飴は祭りになるとよく売れるのだ。


「これが飴かい?」


「ああ、尾張名物だ。ひとつどうだ?」


 町の者や領内の者に幾つか金色飴を売ると、畿内訛りの男が声を掛けてきた。丸い形をした飴は尾張を出るとまず見られないからな。


「甘えなぁ。これがこの値か?」


「ここだと、どこで買ってもあまり変わらねえよ」


 どこぞの商人のようだが、間者か? 値と味が合わないと首を傾げている。尾張だと砂糖は御家の専売品だ。領内で売るなら安く売っておることは、それなりの商人も知られていることだが。


「西に持っていくといくらでも値が付くぞ!」


「勝手に領外に売ると罰を受ける。この国は畿内とは違うからな」


「誰に売ろうが勝手であろう!?」


 この場で食うか僅かな量を土産にするくらいなら許されるが、商いになるほど売れぬと言うと男は顔をしかめた。間者ではなく、初めて尾張に来た商人のようだな。まことの間者ならば左様なことは言わぬ。


 念のため、この男の人相と風体などを書き留めておくか。


「こんじきあめください!」


「おう、はいよ。落とすなよ?」


「うん!」


 訝しげな商人と入れ替わるように少し身なりのいい子らが買いに来た。蟹江の商家の子だな。家人と共に恵比寿船見物をしようと湊に行くらしい。


「よう、いかがだ?」


「うむ、まあまあといったところか」


 同じ忍び衆の物売りと出くわす。互いに書き留めた余所者の人相と風体を教えつつ分かれる。


 間者と言うていいのか分からぬが、他国の者がちらほらと見受けられるようだ。今年は紀伊者が多いという。畿内から尾張に来る船が多く、あの地もその利を得ているものの御家の船を欲しているという噂がある。


 手荒な真似はするまいが、直に見るだけでも得られるものは多いからな。当然か。


 国が豊かになり大きくなるというのも楽ではないな。




Side:水軍衆の男


 今年も賑わっておるなぁ。早くも湊は見物人で歩くのも苦労をする有様のようだ。


 陸だけではない。海にも見物に来た余所の船があちこちに見える。


「遠江と駿河の水軍衆はおかしなことをするまいな?」


 同じ船の者が飯を運ぶついでに様子を見に来た。


「懸念はないだろ。それなりのところは面目を立てるそうだ」


 水軍衆と海軍衆が一堂に集まることは珍しい。家中において海軍衆とは久遠様の船が主で、あとは織田様の恵比寿船がいくつかある程度だ。久遠様の船はあちこちに散っていることもあって、集まるのは年の瀬とこの海祭りくらいだ。


 駿河の家柄自慢の者が恵比寿船を欲したという噂もあるが、そもそも久遠船や恵比寿船を持てるのは織田家と久遠家だけ。禁じてはないようだが、船を任せるという役目であるだけにもかかわらず己の私物のように考える愚か者がおる。


 水軍内でもおかしなことをするのではと懸念があって、確と命を下したと聞いておる。


「今日は余所者も多い。船を空にするなよ」


「分かっておる」


 あいにくとオレは久遠船の番だ。今日は使うことがない船だが、空にすると盗まれるかもしれねえ。それに余所者に船内を見せるなという命もある。


 運んできた握り飯と味噌汁で飯にしつつ、船の揺れに合わせて海と空を眺める。


 氏素性がどうとか、祖先がどうとか騒ぐ奴に限って使えねえ。もとは氏素性が定かでない久遠様のご心中を察することもせずに、己の自慢をする輩は水軍じゃ嫌われる。


 氏素性を騙るなど珍しくもない。まことにそんな祖先がいたのかも分からねえ。水軍では腕っぷしと裏切らねえ忠義がなにより大切なんだ。


 同じ水軍衆でも駿河・遠江はまだ信じていいか分からねえ。やつらにも気を付けねえとならねえなぁ。



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