第1420話・祝いの陰で

Side:久遠一馬


「諏訪は織田を軽んじておるのか?」


「各々が勝手なことをしているだけというのが大半ですね。要は誰もまとめることが出来ていないんですよ」


 信濃からの報告に義信君が驚いている。


 諏訪と高遠の騒動はいいけど、流民と諏訪方の村による勝手な土地の占拠。これ織田が挙兵しても文句言えないんだよなぁ。


 正直、多少舐められているということもあるのかもしれない。こちらが高遠を助けなかったことで、織田は動かない。諏訪による高遠領の侵攻を許したのだと勝手に考えてはいると思う。


 実は高遠と諏訪の双方から接触があった。高遠からは援軍がほしいと訴えがあり、諏訪からは手を出さないでほしいという訴えだ。結果的に因縁に関わるなど必要ないので、織田は双方に加担しないと言って終わった話なんだけど。


「諏訪神社の名は聞いたことがあるが……」


 義信君、義統さんの代理として最低限の仕事をしている。ただ、現状だと実地で勉強しているというほうが正しいのかもしれない。


 見栄とか張らないでオレや信秀さんたちにいろいろ聞いていることが多い。若いし、こういう姿勢だと周りがやりやすいね。


 面倒になっている諏訪、本家がない分家集団だが、曲がりなりにも領地を守っていた高遠家の人たちが甲斐に出ていったことで、諏訪方は残る領地を荒らしに荒らしまくっている。


 そもそも分家の者がきちんと家中を統制しているともいえず、また飢えている多くの領民が食べていくためという目的もある。こちらと交渉している諏訪神社は抑えられなかったのか。


「弁明は清洲でわしが聞く。己の領地をいかにしようが構わぬが、ここまで勝手なことをされて許せるはずもあるまい。そもそもわしは分家の者とやらを正当な諏訪の者だと認めてはおらんのだ」


 信秀さんは少しお怒りだ。これで荒れた領地を渡すから臣従をしたいとか言われても迷惑なだけだし。


 諏訪神社のほうに少し厳しい書状でも送っておくべきだろう。この一件が片付かないと諏訪神社とその系列の扱いも決められないと。


 諏訪神社の系列、あの辺りに多くて飢えているところもあるんだよね。いろいろ柔軟に支援しているところも結構あるんだけど、もう冬は越した。そろそろきちんとするべきだ。


 問題は荒れ放題の領地をどう評価するかかもしれない。少なくとも旧高遠領は後始末と復興に相当な費用が掛かる。


「今後、臣従する者の俸禄はきちんと現状で査定する必要があるでしょうね。武田も今川もそうですけど、散々好き勝手をしておいてその始末をしていません」


 今までも家中をまとめるために多少の内乱があったところはある。その程度なら仕方ないけど、ここまで好き勝手にして額面通りの俸禄なんてありえない。


 俸禄は検地をして今年の年貢ベースでいいだろう。その上、こちらの領地を勝手に占拠した罰や損害の補償などを科す。


 信濃の損害は武田にも払わせる必要があるかもしれないな。今川は曲がりなりにも守護である小笠原家の要請で支援したことになっているので、損害を払わせるのは難しいけど。


 今川の場合は遠江出兵の費用は請求することになるだろう。


 臣従前の最後のあがき。気持ちは分かるけど、後始末をこちらに回されても困る。




Side:斯波義統


 やれやれ。尾張に帰りたいの。


 機嫌を取ろうとする者。探りを入れようとする者。取り入ろうとする者。碌な者がおらぬ。


 人を当てにする前に、己らの手足を動かし命をかけて事を成せと言いたい。


「皆、同じことを考えておる気がするな」


 夜、上様と六角殿と北畠殿と塚原殿など、わずかな者らで少し話をするが、皆、あまりいい顔をしておらぬ。上様に至っては尾張に戻りたいと言い出しそうではないか。


 譲位は喜ばしいことなれど、このまま我らに都を守り、尾張のように豊かにせよと言いたげな者があまりにも多い。


 久方ぶりの祝いだと浮かれておるのだから、水を差すことなどせぬがな。


 これでも近衛公や二条公が抑えておられるようだ。我らと繋がりが深いお二方もまた嫉妬される身故、苦労が窺える。


 もっともお二方とて、いずこまで信じてよいのやら分からぬがの。


「ひとつ朗報もある。先日ご挨拶に出向いた際に、親王殿下が譲位について案じておられた。本来、譲位は日ノ本を挙げて行うこと。いかに斯波と織田とはいえ、頼り過ぎて苦しいのではないかとな」


 上様のお言葉にわしも驚きの顔をしておろう。親王殿下がかようなことを口にされるとは。


 主上と親王殿下は真摯に今の世を憂いて、祈りを以って治めようとされておる。それをお支えすることに異論はない。


 されど……、他は公卿や公家や武家どころか、寺社までもが同じだ。とても世を憂いておるとは言えぬ。強欲で己のことしか考えておらぬことが透けて見える者すらおるのだ。


「誰ぞの使者とやらが多くて少々うんざり致しまするな」


「皆が武衛殿の心中を知りたいのであろう。寺社とて例外ではあるまい。尾張の政は寺社もまたまったく違う。さらに内匠頭殿や内匠助殿との仲も気になろう。知りたいことは山ほどあるのが当然のこと」


 六角殿の申す通りであろう。天下を左右する力が尾張にはある。されど、こちらの都合など一切考えずに『この機会に動かずしていつ動くと言うのだ』などと口にする者すらおる。


 左様に、ろくに関わりのない寺社やら他家からの使者を、いちいち迎えねばならぬのは面倒でしかない。無論、寄進など致さぬ。


「某も同じでございますな。公家どころか公卿らですら、尾張のことや武衛殿と某の現状を探ろうと必死。上手くいっておることが信じられぬところもあるのでしょう」


 北畠殿も同じか。


「いっそ、そこらにある石ころとでも思うておると良いかもしれませぬ。旅をすると厄介なこともようありましてな。某はそう思うことにしておりまする」


「フフフ……」


 思わず六角殿と北畠殿と顔を見合わせて笑うてしまった。塚原殿がかようなことを言うとは……。年の功というものか? この男には幾度も助けられておるのだと改めて理解する。


「であるな。捨て置いて構わぬ。なにかあれば余がなんとかする」


 結局、この場の皆が大乱になるのだけは避けたいとあがいておるか。都や畿内の者らからすると、尾張の鄙者が増長して面白うないのが本音なのであろうな。


 もし形勢が悪うなれば周りは敵だらけになる。かような者らに手を差し伸べるなど一馬は甘い男よ。


 欲深く卑怯なのが人の本質なのかもしれぬ。それこそ神仏の使いであるとまで噂される一馬ら以外はな。


 この先、主上と親王殿下ら以外は、我らが血と銭を出して守るべき相手なのか、よくよく考えねばならぬ。


 わしは内匠頭がおらねば、生涯傀儡であった身。今更、助けも寄越さぬ者らを重んじようとは思わぬ。



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