第1393話・いいこともあれば悪いこともある

Side:久遠一馬


 その後もエルといろいろ話して、翌日には信秀さんたちとも話した。朝廷のことは改めて考える必要があるという意見で一致した。


 そもそも朝廷と一言で言うけど、帝を筆頭にした皇室と公卿と公家衆。これらの人たちはそれぞれに立場や背景があり、思惑も利害も必ずしも同じではない。


 なにより向こうは圧倒的に身分が上であり、どう向き合いどう付き合うのか。慎重に考える必要がある。彼らからすると行啓・御幸という出向く行動は大きく譲歩しているとも言えるし、官位もまた縛る鎖であると同時に評価している証でもある。


 はっきり言うと、畏れ多いとの理由で朝廷を放置すると向こうからやって来るということだ。軍勢を連れての上洛を恐れ嫌ってはいても、なら畿内の外で独自に発展すると向こうも座していられなかったというのが結果か。


 正直、オレたちは朝廷の権威をそこまで利用するつもりはなかった。新時代の最後の障害は朝廷になる可能性だってあるからだ。


 そもそもこちらの思惑以上に朝廷側が動くというのは、史実にはないことだった。


 譲位・行啓・御幸。これもね。こちらはこういうことをやれるほど国内の政に余裕がない。ただし朝廷の側にそれはまったく伝わっていないんだ。


 現状は義輝さんのおかげでだいぶ楽だが、頼り切るのも良くない。身分差や立場の違いを考慮しつつも、意思疎通を怠らず、こちらも要求と拒否することも考えていく必要がある。


 織田家の経済規模はすでに畿内を左右する力がある。潜在的な力は畿内も負けていないが、いかんせん畿内はまとまることが出来ない。そこに朝廷が動くとなると……。


 前途多難だなぁ。


「行啓と御幸。思うところがある人もいるみたいだね」


「畏れ多いことでございます。皆も喜び、末代までの誉れと思うておりまするが、いささか面倒なのも事実。来ずとも困らぬという本音も僅かばかりあるのかと」


 当然、資清さんたち家臣ともこの件は話をしている。言葉を選びつつ語る資清さんの本音がこちらには割とあるのかもしれない。


 名誉だと喜びながらも朝廷を妄信しているわけではない。私心を捨てて自分の暮らしを切り詰めてまで支えている人はまずいない。文官衆の中には、銭の力は朝廷すら動かすほど絶大だという冗談が流行っているとも聞く。


 家中の反応の原因はこちらにもある。統一という目的を明かしていないからだ。評定衆でさえまだ話していない。


 統一という目的がないと、貧しい信濃や飛騨などは、正直なところ領地が増えて喜んでいる人はあまりいないんだ。朝廷の権威のおかげで広がる領地、それを喜べないとなると行啓・御幸の価値もどうなんだという本音は心のどこかにあるのだろう。


 莫大な銭を出したことは家中でも知っているからね。自分たちの国の財産が朝廷に流れる。


 身分や従来の立場からすると当然のことだけど、一方でそれを喜ぶほど領国の外に興味がある人は少数なのかもしれない。


「殿、我ら家臣一同はいかなることになっても付きしたごうていきまする」


「心配しなくても、そこまでおかしなことにはならないよ」


 今後に不安を感じている様子の資清さんに状況と今後の展望を話そう。急に状況が変化したわけじゃない。ただ、朝廷を放置して献上品で黙らせるという現状の方針が合わなくなりつつあるだけだ。


 同時に思う。朝廷よりも身近な暮らしや主君を選ぶ人は、オレが思うよりも多いのかもしれない。陶隆房のことを笑えないなぁ。彼は少しばかり安易だっただけで、本質はどこの人も同じなのかもしれないなんて。




Side:斯波義統


 考えたこともなかったの。帝が譲位して尾張を訪れるとは。坂井大膳が生きておればいかな顔をしたのであろうか。ふとそんなことを考えてしまう。


 亡き父上や祖先は喜んでおろうと思うと嬉しく思うが……。来ずともよい。もう十分だ。と思うのはわしが愚か者で未熟だからであろうか。


 家中では譲位の費用など諸々で数千貫の銭を献上して、貧しき信濃・甲斐や因縁ある駿河・遠江を手に入れるのかと揶揄する者もおるとか。来るなとも言えぬ身分のところに押しかけるとは、少々行き過ぎではと思うのも無理はない。


 無論、朝廷の心情も察する。朝廷の権威などなくとも国はまとまる。その驚きと恐れは察するに余りある。


 内匠頭と一馬は大人しく従うておるが、これが細川などになると朝廷を抑えにかかるのは言うまでもあるまい。そうして争い戦になるのであろうな。本来ならば。


 わしからすると、臣下を守る気もない朝廷にいずこまで尽くせばよいのだと思う。まあ口には出せぬがの。


さんゆかり、そなたらも早よう子を授かるとよいの」


 山と紫にはそれぞれに婿と妻を迎えた。一気に賑やかとなり、楽しげな様子を見ておる時が心休まる時よ。




Side:足利義輝


 冬の寒さを感じつつ武芸の鍛練に励む。少し危うかったことを朝廷が理解しておらぬことは懸念として残される。


 一番面白うない様子なのは武衛か。あの男、己の家を助け盛り立てておる内匠頭と一馬以外あまり信じておらぬからな。


 此度は収められたが、武衛・内匠頭・一馬。このうちの誰かひとりでも朝廷と事を構えると覚悟して動くと、次はオレでも止められぬかもしれぬ。


 少し大げさに言えば、一馬と内匠頭は将軍も帝も要らぬ国を造ってしまった。帝や将軍の権威などなくとも国はまとまる。


 多くの者に学問を教え、さらに教える学問そのものを自ら考えて進める。これの恐ろしさを公卿や公家衆は身を以って感じたからな。


 然すれど、朝廷か。古来日ノ本の頂におる。されど、書を紐解けば帝が親政をしたのは遥か古の頃のみ。あとは藤原など公卿や鎌倉、そして足利が政をしておるのだ。


 滅びぬように生きてきたということか? されど、朝廷が乱を起こし、世を乱す時には誰が止めるのだ?


 変えねばならぬのであろうな。朝廷も。寺社ですら尾張では変わっておる。一馬が見ておる太平の世で朝廷はいかなる形で残っておるのであろうか?


 足利将軍などいつ終わらせてもよいが、朝廷が新たな世に残る道筋くらいは付けて退かねばなるまいな。


 ひとまず一馬らの本音を聞きださねばなるまい。おそらく今のままでは朝廷にとっても良くあるまいからな。


 そもそも帝と公卿や公家衆を同一に扱うなど不敬極まりない。此度も勝手をした公卿や公家衆は抑えねばならぬ。


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